雪穂に手を引かれるまま、中庭に移動した。少し肌寒いくらいだったので、健也に上着を借りたのは正解だったかもしれない。萌には長すぎる袖を汚さないように、でも寒くないようギリギリの位置に直していると、ベンチでお弁当を広げていた雪穂から「あれ」と小さく声が上がる。

「どうしたの、雪穂」
「見て見て! あっちの端っこ!」

 萌の耳元で囁きながらも、少し興奮した様子の雪穂は、中庭の奥の花壇を指差した。そこには見慣れた姿があり、萌は思わず口元を手で押さえる。遠いので表情までは見えないが、それは駿介に違いなかった。
 人目から隠れるように、花壇の側で何かを話す二人の男女。たぶん、いや間違いなく、告白の現場である。
 親友の雪穂にも二人が付き合っていることは話していない。なんとなく気まずい気持ちになりながら「告白かな」と呟くと、絶対そうだよね? と雪穂が目を輝かせる。
 女子高生は、この手の話題が大好きなのだ。例に漏れず、雪穂は好奇心を隠せない様子で、「男子はやぶっきーでしょ? あの女の子はたぶん一年だよね? えーかわいいのかなー、気になるー!」などと小声ではしゃいでいる。
 萌も自分の好きな人が相手でなければ同じようにはしゃいだかもしれない。だけど、彼氏が告白されている現場を目撃してしまえば、さすがにもやもやとしてしまう。

 矢吹くんは私のことが好きだって言ってくれたし、たぶん断ると思う。それに矢吹くんがモテることは中学の頃から知ってるんだし、どうして今さら不安になる要素があるんだろう。

 そんなことを考えながら眺めていると、女の子がぺこりと駿介に頭を下げ、走り去っていった。脇目も振らず駆けていく彼女はどうやら泣いているようで、ベンチに座っている萌たちには気づかなかったようだ。
 しかし冷静な駿介にはバレないはずもなく、「そこの女子二人! 覗き見バレてるからな!」と叱られてしまう。ごめんなさーい、と雪穂と一緒に謝りながらも、どうしてか、萌は駿介の目を見ることができなかった。
 その後何事もなかったかのように中庭を去っていく後ろ姿を、一度だけ振り返って見たけれど、いつも通りに見えた。
 もしかしたら駿介にとって、女子からの告白は日常の一部なのかもしれない。彼女に告白されているところを目撃されても動じないのは、慣れているからなのかも。
 中学一年の春から萌のことを好きだったと言っていたが、彼女くらいいたことはあるのだろうか。好きな人がいるからといって、他の人と付き合ってはいけないわけではないし。そもそも全ての人の恋が叶うわけではないのだから、過去に駿介が誰かとお付き合いをしたことがあってもおかしくはないのだ。
 もやもやと考え込んでいると、雪穂がふいに口を開く。

「やぶっきー、告白断ったみたいだね」
「あ、うん。そうみたいだね」
「すごいモテるイメージがあるけど、やぶっきーは誰とも付き合わないよねー」

 お弁当箱から箸でミニトマトを器用に取り出して、雪穂は頬張る。よく噛んで飲み込んだ後、彼女は再び言葉を紡いだ。

「けんけんとかやぶっきーはいろんな人からモテるから、ああいう人を好きになったら大変そうだよねー」

 イバラの道って感じ! と何気なく付け足された言葉は、なぜだか萌の心にしっかりと刻みこまれたのだった。