二人で近くにあるカフェに移動した。
コンビニの袋を持っていたので少し気まずかったが、店員は「お席でお持ち込みのものを広げなければ大丈夫ですよ」と言ってくれた。
ドリンクを頼み、コーヒーと紅茶を店員が運んで来てくれる。
飲み物が届くと、昨日は本当にごめん、と駿介は謝った。萌がうん、と頷くのを聞いてから、「許してもらえないかもしれないけど、事情を説明させてくれないかな」と眉を下げた。
静かな声で、駿介は語り始めた。
駿介が篠原麻衣と出会ったのは、中学三年の夏。高校受験に向けて、塾の夏期講習を受けに行ったときだ。
他の中学校の女子生徒。夏休みだからか麻衣は私服で通っていて、露出の多い格好を好んでいるようだった。人目を引く派手な美人、そして勉強をしに来ているとは思えない目立つ服装。麻衣は完全に浮いていた。
駿介は自分の勉強に必死で、他校の友人を作るつもりはなかった。もちろん、麻衣と関わるつもりも。
「でもたまたま気づいたんだ。塾の前でよく見かける男。そいつが、篠原の行動に合わせて動いてるって」
「えっ?」
「それから何日か、様子を見た。その男は、篠原の後をいつもついて回っていて、でも喋っているところは見なかった」
ぞくり、と萌の背中に冷たい何かが走った。
ストーカー、と呟いた萌に、駿介は黙って頷いた。
それから駿介は、念のため麻衣に警告をしたという。窓の外からその男を指さして、「あいつ、いつも篠原さんの後をつけてるみたいだけど知り合い?」と訊ねた。麻衣は、知らない、と答えた。
そのとき、男が塾の建物を見上げ、窓越しに麻衣と目が合った。そして男は隣にいる駿介を、遠目でも分かるほど強く睨みつけていた。
駿介は窓のカーテンを閉め、麻衣に声をかけた。やばそうなやつだし、親か彼氏に相談して、塾まで迎えに来てもらえば、と。
眉をひそめていた麻衣は、一人で大丈夫、と言い張った。忠告はしたからな、と言い残し、話はそれで終わるはずだった。
「でもその日の帰り、何かあったら後味が悪いな、と思って篠原を追いかけたんだ。そしたら、男は俺を篠原の彼氏だって勘違いして、逆上した」
男の所持していたナイフが、麻衣の頰を傷つけた。幸い、男は駿介よりも体格が小さく、貧弱だった。無理矢理地面に押さえつけて、周りの人に助けを呼んでもらう。ほどなくして警察が駆けつけ、呼び出された麻衣の両親も迎えに来た。
麻衣の傷は軽かった。それでもショックは相当大きかったようで、駿介が渡した黒いハンカチで頰を押さえながら、呆然と座り込んでいた。
「それからのことは詳しく知らないんだ。そのストーカーには、篠原に対して接近禁止を要求したらしいってことくらいしか」
「…………篠原さん、こわかっただろうな」
萌がぽつりと呟くと、駿介はコーヒーカップに目線を落とし、静かに呟いた。
「高校に入って、同じクラスに篠原がいたことには本当にびっくりしたんだ」
塾でも進学校を目指すコースじゃなかったし、同じ学校だとは思っていなかったから、と言葉は続いた。
入学してすぐ、駿介は麻衣に告白をされたらしい。
ストーカーを捕まえてくれたあの日から、駿介のことが好きだった。駿介と同じ学校に入るために、勉強も頑張ったのだ、と。
駿介は断った。好きな人がいるから、ごめん。と、麻衣を突き放したのだと言う。
「念のため言っておくけど、ここでいう好きな人は、雨宮のことな」
「…………うん」
前にもこんなやり取りをしたことがあったな、と萌はぼんやり思い出す。確か、中庭で偶然告白現場を目撃してしまった日だ。
つい最近の出来事なのに、遠い昔のことのように思えた。
萌は紅茶のカップを手に取り、少しだけ口に含んだ。砂糖を入れたのでほんのり甘い。ペットボトルの紅茶も好きだが、カフェで飲む紅茶は特別おいしく感じられた。