少しだけ寄り道をした。
 陸に告白をされて、プロポーズをしてもらった公園。萌が、泣きそうになりながら、断りの返事をした場所だ。

「陸ちゃん、ココア飲めるよね?」

 そう言って萌は先ほど買ったばかりのあたたかいペットボトルを取り出す。陸は数回まばたきをして、「俺の好きなやつだ」と笑った。

「帰ってきたばっかりなのに、なんでコンビニに来てたの?」
「母さんが俺の好物を作るって張り切ってたんだけど、グラタンを作ろうとしてるのに牛乳がなくてさ」

 母さん、結構抜けてるところがあるから。と陸がやわらかく笑う。
 子どもの頃から陸は母親思いだ。女手一つで育ててくれたので、大事にしたいんだ、と言っていたのを思い出す。

「おばさん、陸ちゃんが帰って来て喜んでるでしょ」
「うん。ちょっと寂しかったみたい」
「そっか…………。じゃあ年末年始は、たくさん親孝行しないとだね」

 そろそろ帰る? と萌はベンチから立ち上がるが、陸は萌のことをまっすぐ見つめて動かない。
 どうしたの、と首を傾げると、陸は優しい声で問いかけた。

「なんか萌、元気なくない? なにかあった?」

 さすが幼馴染。何でもお見通しだ。でも陸の質問には、答えられるわけがなかった。
 自分のことを好きだと言ってくれた人に、恋の悩みを相談するなんて無神経すぎる。
 だからと言って陸に嘘が通用するとも思えなかった。
 長年の付き合いなのだ。萌が陸の嘘をつくときの癖を知っているように、陸だって萌の嘘を見抜いてしまうに違いない。
 言えずに黙っていると、もしかして矢吹のこと? と図星をつかれた。慌てて陸の方を見ると、優しい表情で萌を見つめていた。

「俺はまだ、萌への気持ちを整理してる最中だし、相談とかしづらいかもしれないけどさ」

 うまく、言葉が見つからない。そんな萌の背中を、陸は優しく押してくれる。

「俺もちゃんと次の恋を見つけるし、萌は大事な友達なんだから。……ちょっとでも萌の気持ちが楽になるなら、相談してほしいって思うよ」

 どこまでも優しい人だ。きれいなアーモンド型の瞳が、萌を捉えて離さない。でもそこに強制するような強さはなくて、ただただ、優しい色を帯びていた。
 少し悩んで、萌はぽつぽつと話し始めた。
 友達の話なんだけどね、と分かりやすい嘘をついたけれど、陸は静かに頷いただけだった。

 クリスマスに約束をしていて、すごく楽しみにしていたこと。
 最近ずっと、彼氏が他の女の子といること。
 その理由を訊くのがこわくて、不安ばかりが募っていたこと。
 デートの日に、彼氏の電話越しにその女の子の声が聞こえたこと。
 会話の内容から、女の子の家にいたような気がすること。
 その後ずっと着信とメッセージがきていて、謝罪と萌を心配する内容だったこと。

 ややこしくなってしまうので、健也のことだけは伏せて、不安と悲しみを言葉で紡いでいく。
 小さな声で話す萌に、陸は相槌を打ち続けた。あたたかかったココアはもう冷めてしまっていた。猫舌なので少し冷えているくらいがちょうどいい。
 話し終えると、萌はココアを一気に飲み干した。

「おおー、いい飲みっぷり」
「なんか話してたら情けなくなってきた! 不安だ不安だーって言うくせに、それを彼氏に伝えていないんだから、その彼女も悪くない!?」

 いい彼女だと思われたい。
 嫉妬心を話して、面倒だと思われたくない。
 汚い自分を見られたくない。
 嫌われたくない。

 結局萌は、自分のことばかりを考えているのだ。
 目先の保身に走って、駿介に不安を打ち明けようとしなかった。どうして麻衣と付き合っている噂が立っているのか、訊くこともしていない。
 駿介に約束を守ってもらえなかったことは事実だ。でも萌だって、逃げてばかりの弱虫で、何もしていない。ちゃんと話を聞こうとすらしていないのだ。
 情けない自分に腹が立つ。一人でぷんぷんと怒り始めた萌に、陸は小さく声を上げて笑った。
 じゃあその友達に言ってあげてよ、と。その言葉の続きを聞くために、陸の目を見つめる。その瞳はまっすぐ、萌だけを映していた。

「勇気を出して、彼氏に事情をきいてみなよって。萌、……じゃないや、その友達を泣かせたのは許せないけどさ、たぶん何か理由があったんだと思う。というか、ふざけた理由だったら俺が殴る」
「ピッチャーなんだから手は大事にしないと」
「そこなの?」

 萌ってちょっとずれてるよなぁ、と言って、陸がココアを一口飲む。もう冷めているはずのペットボトルを両手で抱えながら、優しい幼馴染は言葉を続けた。

「もし特別な理由なんてなかったなら、そんなやつ別れればいいと思うよ」
「えっ」
「そいつじゃなくても、その友達のことを好きな人とか、大事にしてくれる人が、絶対にいるはずだから」

 そこで言葉を区切った陸は、いたずらを思いついたときと同じ笑顔を浮かべていた。
 ほら、たとえば野球が大好きな幼馴染とか? と続いた言葉は、きっと冗談なんかじゃない。
 それでも陸がおどけて笑うから、萌も眉を下げて笑った。たぶん、うまく笑えなかった。泣きそうな顔をしていたかもしれない。