雨宮家には、クリスマスという行事は存在しない。子どもの頃からサンタクロースはいないと知っていたし、プレゼントは両親と一緒に買いに行くものだと思っていた。
 家族揃ってクリスマスパーティー、なんてホームドラマのようなことはしないが、それでも毎年ケーキは用意してくれる。
 今年のケーキはモンブランだった。ホールケーキではなく、一人分のカットケーキ。昨日、吹奏楽部のクリスマス会でもショートケーキを食べたので、それで十分だった。
 子どもの頃は食べきれないくせに大きなケーキを欲しがったものだ。いつも隣の家の陸と、陸の母にお裾分けをしていたのを覚えている。
 幼馴染の陸は甘いものが好きなので、ケーキを持っていくと目を輝かせていた。陸のその顔が見たくて、大きなケーキをわざとねだっていた、とも言える。
 モンブランを頬張りながら思い出に耽っていたが、萌はふと呟く。

「甘いものを食べてたら、しょっぱいものが食べたくなる法則、なんなの…………」

 夕方、母が仕事に行くのを見送り、父も草野球の仲間と飲み会があると言って出て行ってしまった。
 夕飯はおいしいものでも食べてきたら? と母が少しお小遣いをくれた。
 気を遣ってくれた母には悪いが、コンビニでお菓子を買ってこよう。ついでにお弁当も買ってきてしまえば夕飯について考える手間も省ける。

 パーカーワンピースの上からニットのカーディガンを羽織る。足元にはスニーカー。少しちぐはぐな格好だが、コンビニまで徒歩五分程度だし、これくらいは大目に見て欲しい。

「わあ……寒い」

 家の外に出た瞬間に、もう暖房の効いた部屋の中に戻りたくなってしまう。それでも夕飯がないため、いつかは外に出なければならない。正直面倒だが、料理は苦手なので、買いに行くという選択肢しか萌には残っていなかった。

 コンビニに辿り着くと、冷えた身体が少しずつあたたまる気がした。カゴの中に今日の夕飯のお弁当とスナック菓子、大好きないちごのチョコレートを入れる。
 あと何かあたたかい飲み物を買っていこう、と陳列棚を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が響いた。

「あれ、萌? 買い物? 寒くない?」
「えっ…………陸ちゃん!」

 牛乳の紙パックを持って立っていたのは、幼馴染の陸だった。
 陸は野球に専念するため、寮生活をしている。隣の家の住人ではあるが、滅多に顔を合わせることがないので、萌は嬉しくなって「いつ帰ってきたの?」と訊ねた。

「ついさっきだよ。グラウンドにかなり大がかりな工事が入るから、早めの年末休みなんだ」
「へぇ、工事?」
「うん。夏の結果が良かったからOBの人から寄付金がいっぱい集まったんだって」

 陸が他人事のように言ってのけるので、萌は思わず笑ってしまった。

 そりゃあ母校の野球部が甲子園で準優勝したら、みんな寄付もしたくなるよ…………。

 そんなことを心の中で呟いて、あたたかいココアを二本カゴに入れた。まとめて会計を済ませると、陸も買い物は済んだようで、一緒に帰ろうか、と言ってくれる。
 隣の家に住む幼馴染としては、きっと普通の言葉。でも、萌は陸からのプロポーズを断ってしまっている。それなのに、変わらず友達として接してくれることが嬉しくて、萌は静かに笑みをこぼした。