翌日から、部活動は自由参加だった。冬休み中は、年末年始の五日間だけが完全な休暇、それ以外の日は自分たちの判断で、と言われたのだ。
 自由参加とはいえ、おそらく半数以上の部員が練習に行っていることは簡単に想像出来た。熱心な部員が多いのは、きっと部長である駿介が誰よりも練習しているからだろう。部員たちは部長の練習量に触発され、同じように楽器を吹き続けるのだ。
 いつもなら萌も迷わず参加を選んでいただろう。でも今日は練習に行かなかった。
 どうせ集中出来なくて、無駄な時間になってしまう。それなら思い切って休みにしてしまおうと思ったのだ。

 波乱のクリスマスイヴから一夜明けて、萌の気持ちは少しだけ落ち着いていた。
 いろいろ考えてしまって眠れないかもしれない、と心配していたのに、よほど疲れていたのか、お昼過ぎまでぐっすりと眠っていた。
 昨晩の時点で今日の部活には行かないと決めていたので、目覚ましのアラームもかけなかった。
 さすがにちょっと眠り過ぎたな、と大きなあくびをこぼした後、手探りにスマートフォンを探す。桜色のカバーに包まれたそれを手にとって、萌は寝ぼけた頭で画面を眺める。

 昨日はまだ見る勇気がなかった通知の数々。こわいからと言っていつまでもそのままにしておくわけにもいかない。
 ロックを解除して、目に飛び込んできた通知の数に、萌は思わず「うわぁ……」と呟いた。
 着信、三十二件。メッセージ、五十七件。
 そのほとんどが駿介からのものだった。何件か健也からの着信があったけれど、時間から察するに萌を探しているときにかけてくれたのだろう。

 メッセージアプリを立ち上げ、駿介から送られてきた文章をひとつずつ読んでいく。

『ごめん、説明させて』
『雨宮、電話出て』
『今どこにいる?』
『傷つけてごめん』
『電話に出たくないなら出なくていいから、メッセージだけでも読んでくれないかな』
『待ち合わせの場所にいる? すぐ行きたいけど、ごめん、どうしても時間には間に合わない』
『健也の家が近いから事情を説明して向かってもらってる』
『雨宮、既読だけでもつけて。無事かどうかだけでも確認させて』
『健也から合流したって聞いた。傷つけてごめん、約束を守れなくてごめん』
『信じてもらえないかもしれないけど、篠原とは何もないよ』
『事情を説明したいので、後で話す時間をください』
『明日の自主練、もし行くなら朝迎えに行ってもいいかな』
『雨宮のお母さんから、年明けまで部活には行かないって聞いた。しつこいかもしれないけど、練習終わったらまた連絡します』

 そこでメッセージは途切れていた。
 動揺していたとはいえ、たくさん心配をかけてしまった。それに、数えきれないほど謝らせてしまった。その事実に胸が苦しくなって、萌は唇をぎゅっと噛んだ。
 それから震える指先で、メッセージを入力していく。

『昨日は急に連絡取れなくなってごめんなさい。心配して五十嵐くんを呼んでくれてありがとう。おかげで無事に家まで帰れました』

 いつもよりも少し他人行儀なメッセージ。冷たいと思われるかもしれない。でも、今の萌にはこれが精一杯だった。
 アプリを閉じて、着替えを済ませる。フード付きのラフなワンピース。これなら、家で過ごすのも楽だし、近所になら買い物だって行ける。
 いっそ気分転換にショッピングにでも行こうかと悩んだが、今日がクリスマスであることに気がつき、すぐに諦めた。どこも混雑しているに違いないし、何より幸せそうなカップルを見たら辛くなってしまいそうだ。
 スマートフォンが震え、メッセージの受信を告げる。自主練習とはいえ部活中だし、きっと駿介ではないだろう。
 そう思って軽い気持ちでアプリを立ち上げると、そこには駿介からの新着メッセージが表示されていた。

『連絡くれてありがとう。昨日は本当にごめん。雨宮とちゃんと話がしたいから、時間を作ってもらえると嬉しいです』

 誰よりも真面目で練習熱心な駿介が、練習中にメッセージを送ってきた。それがどれほど稀有なことか、萌は誰よりも知っている。
 きっと萌からの着信か返信を待っていたのだろう。すぐに反応出来るように、見えるところにスマートフォンを置いていたのかもしれない。
 昨日の駿介に何があったのかはまだ分からない。事情を聞いて笑って許すことが出来るのかも、今はまだ。
 でも、昨日の電話の後からずっと、駿介が萌のことを本気で心配してくれていたことだけは確かだった。

 うん、分かった。と短いメッセージの後に、猫がお辞儀をしているスタンプを送る。
 簡素すぎて冷たく見えた萌のメッセージも、猫が少し和らげてくれている気がした。
 これで駿介も、午後の練習は集中出来るかもしれない。
 そんなことを考えながら、萌は母が作り置きしてくれたサンドイッチを頬張るのだった。