萌が泣き続ける間も、健也のスマートフォンは振動を続けていた。ようやく涙がおさまってきた頃、気になってもう一度訊ねてみた。
健也は黙ってスマートフォンをひっくり返し、萌に画面を見せる。
着信、矢吹駿介、という文字が飛び込んできて、息を飲む。
「今日はお前もうこっちに来るな。俺はこれから雨宮ちゃんとのデートを楽しむから、せいぜい家で一人で反省してろ」
「え…………?」
「さっき駿介に送ったメッセージの内容ね。うわぁ、着信履歴がえげつないことになってる…………」
男の嫉妬は見苦しいぞー、と健也が呟いたので、萌はおそるおそる質問してみた。
「男の人だけ? 女の嫉妬の方が、なんかドロドロしてる気がしない?」
「え? ぜーんぜん。女の子の嫉妬はみんなかわいいよ」
俺なら喜んで受け止めるけどなー、と付け足された言葉は、萌に向けたものだったらしい。すぐには理解出来なかったが、じっと見つめられて、健也に告白されていたのだと思い出す。
そんな大事なことを忘れていたなんて、どうかしている。
慌てて手を振り解こうとするが、健也は萌の手を離そうとしない。それどころか「ようやく雨宮ちゃんらしくなってきたね」と嬉しそうなのだから困ったものだ。
結局折れたのは萌の方だった。なぜかは分からないが、健也が萌のことを探しに来てくれたのは事実だ。それに、こうして隣にいてくれることで、少なからず救われている面があるのも確かだからだ。
「……五十嵐くんはすごいね。私の嫉妬は身勝手で汚くて、口にしたら嫌われちゃうような気がして…………こわくて口に出せないなぁ」
「雨宮ちゃんのかわいいヤキモチも受け止められないような男なら、捨てちゃえばいいのに」
そう言って、健也が萌の飲みかけのレモンティーに手を伸ばす。
間接キスになってしまうというのに気にした様子もなく、ぐい、と飲み干すと、健也は片手でトレーを持って立ち上がった。
手を繋がれている萌も、慌てて立ち上がる。トレーを食器返却口に返して、そのまま水族館を出るのかと思いきや、健也はペンギンコーナーと書かれた矢印の方へ歩き出した。
「ペンギン見るの?」
「もう見た?」
首を横に振ると、健也は嬉しそうに笑った。
「じゃあ閉館まであと少しだけど、ペンギンちゃんを見て癒されようか」
「うん、ありがとう、五十嵐くん」
「いえいえ。どういたしまして」
ペンギンというのは、意外と種類が多いらしい。
あの子色が違うね! あっちは大きいよ! と二人ではしゃいでいると、近くにいた老夫婦にくすくすと笑われてしまう。
「すみません、うるさくしちゃって……」
「いいのよぉ。私たちも昔はあんなデートをしたわね、って、懐かしんでいたところなの」
「…………デート」
クリスマスに、二人で水族館を楽しんでいる。誰がどう見てもデートに違いない。
本当は、隣にいるのが駿介だった。それだけの違いだ。
でも、と萌は横で笑っている健也を見上げる。楽しいと、素直に思う。苦しくて堪らなかった心を、繋ぎ止めてくれているのも健也なのだ。
老夫婦に頭を下げた後、健也は再びペンギンに夢中になっている。その視線を萌の方に向けさせるため、繋がれていた手を少しだけ握り返してみる。すると、弾けるように振り返り、健也は目を輝かせた。
「今! 俺すっごいときめいた!」
「ふふ、なにそれ」
萌が笑うと、優しく目を細めて健也も微笑んでくれる。
たったそれだけのことなのに、健也が萌のことを大事に思ってくれていることが伝わってきた。
今、五十嵐くんが隣にいてくれてよかった。
期待をさせてしまうかもしれないから、口には出して言えないけれど。萌は確かに、そう思ったのだった。