少し早めに待ち合わせ場所へ着けるように、予定より一本早い電車に乗り込んだ。土曜日の夕方近くだが、クリスマスイヴだからか電車はがらがらだった。デートに行くには少し遅く、帰ってくるには早すぎる時間なのだろう。おかげで萌は痴漢に怯えることなく安心して乗車出来た。
駿介から着信があったのは、電車に揺られているときだった。マナーモードにしていたので幸い音が鳴り響くことはなかったけれど、電車内で電話に出るわけにはいかない。しばらく見守っていると、着信一件、とスマートフォンの表示が変わる。
わざわざ電話をしてくるということは何かあったのかな。
心配する気持ちが大きくなり、萌は次の停車駅で一度降りることにした。
着信履歴の一番上にある駿介の名前をタップし、電話をかける。電話はすぐに繋がった。
『雨宮? 本当にごめん、約束の時間にちょっと遅れそうで』
「うん、大丈夫だよ」
『必ず行くから、駅前のカフェとか、暖かい場所で待っててほしいんだ』
本当にごめん、と繰り返されるけれど、萌は気にしていなかった。待ち合わせの時間に少し遅れるくらい、目くじらを立てて怒るようなことでもない。
事故とかじゃないならよかった、と萌が言うのと、ほとんど同時だった。
電話口の向こうから聞こえてきた、女の子の声。
『駿介、お願い帰らないで。本当にこわいんだってば』
萌は数秒考えて、篠原さん? と呟く。
駿介が息を飲んだのが分かった。
「えっと…………、今、篠原さんといるの……? 帰らないでってことは、篠原さんの、おうち…………?」
状況を整理するために言葉にしてみたけれど、より混乱するだけだった。
電話口で駿介が何かを話している。なのに、何も頭に入ってこない。どこか異国の言葉のように、何を言っているのか理解することが出来なかった。
家に行くほど、篠原さんと仲がいいの?
私との約束があるのに、わざわざ篠原さんに会いに行ったの?
それってもしかして、篠原さんが好きだから……?
雨宮が好きだよって言ってくれたのも、嘘…………?
目の前が暗くなっていく。
立っている足元がぐらついている気がして、気持ちが悪い。
気づいたら、電話は切れていた。
萌が切ったのかもしれないし、反応がないことに呆れて駿介が切ったのかもしれない。
分からないけれど、ひとつだけ分かることがあった。
萌は今、ひとりぼっちだ。