「萌ぴ、お昼食べよー」

 お昼休み、お弁当の入ったミニバッグを持ったクラスメイトが、萌に声をかけてくれる。クラスで一番仲のいい、雪穂だ。ツインテールが似合う可愛らしい子で、萌のカーディガンの裾をちょん、と引っ張った。
 雪穂はぶりっこなどと陰口を叩かれることもあり、一部の女子からは嫌われてしまっている。でも見た目や持ち物だけでなく、仕草や言葉遣いまで女の子らしいので、萌はむしろ見習いたいとすら思っているくらいだ。
 萌ぴ早くー、と口をとがらせるところもかわいくて、萌はやりかけの問題集を閉じて、雪穂を優先することにした。雪穂の甘え上手なところは、正直ちょっと羨ましい。

「あれ、雪穂、教室で食べないの?」
「うん! 天気がいいから中庭で食べよ!」
「それなら寒いから膝掛けとか持っていった方がいいよ」
「確かにー。萌ぴかしこい! 持ってくるね!」

 ぱたぱたと小走りで自分の席に戻り、外に出る準備を始めた雪穂を確認した後、萌もお弁当と膝掛けを抱え、少しだけ悩む。
 制服の上に厚手のカーディガンを着ているけれど、これだけでは寒いだろうか。
 風はあまり吹いてなさそうだから、膝掛けだけで十分な気もする。コートを持っていくのはさすがに大袈裟かな、と迷ってしまう。
 すぐに雪穂が戻ってきたので、萌はそのまま教室を出ようとした。すると聞き慣れた声が萌を呼び止めた。

「あーまみーやちゃん!」

 同時にぽんと肩を叩かれて、萌は振り返る。健也がいつもの人好きする笑顔で萌を見つめていた。

「どうしたの、五十嵐くん」
「これから外に出る雨宮ちゃんにとびっきりのアイテムを貸してあげようと思って」
「え? なに?」

 首を傾げた萌の前に差し出されたのは、もこもこのアウターだった。登下校時に健也がよく着ているもので、背の高い彼が着るとかわいいと女子の間で噂になっていたものだ。

「えっ、いいよ。コートなら自分のがあるし」
「雨宮ちゃんのコートって確かダッフルでしょ? お弁当食べるのには腕とか動かしづらくない?」

 その点、俺のこいつはあったかいし動きやすいし何よりかわいい!
 ドヤ顔でアウターを勧めてくる健也に、萌は思わず笑ってしまう。

「えー? なにそれ」
「萌ぴ借りちゃいなよー。けんけんは女子に優しくしないと死んじゃう病気だから、萌ぴが頷かなかったら絶対ついてくるよー?」
「さっすが桜木ちゃん! 俺のことよく分かってるね」

 へらりと笑みを浮かべる健也に、雪穂は頰を膨らませる。みんなに同じことを言ってるくせに、と呟く姿は同性の萌から見てもかわいい。
 二人のやりとりを微笑ましく眺めていると、健也は萌の肩に持っていたアウターをかけてくれた。

「ん、やっぱり雨宮ちゃんみたいにかわいい子はもこもこが似合うね」
「はいはい、ありがとう。じゃあ本当に借りちゃうよ?」
「うん。二人ともいってらっしゃい」

 ひらひらと二人に手を振りながら去っていく健也は、クラスの派手な女子と一緒に昼食をとるようだ。ばっちりとメイクで武装した女子と目が合ったが、睨まれたりはしなかった。さすがみんなの五十嵐くんである。