クリスマス会が終わる頃には、萌はすっかり疲れ果てていた。
 たった半日で、たぶん一生分からかわれたに違いない。
 萌が駿介に投票するとは思っていなかったらしく、駿介はひどく驚いていたが、怒ってはいなかった。

「付き合ってることを話したわけじゃないし、ただ面白がってからかわれてるだけだから」

 気にすんな、と萌にだけ聞こえる小さな声で、駿介が励ましてくれる。それでもやってしまった、という気持ちは拭いきれない。
 そもそも、駿介が萌のことを好きだという気持ちは、トランペットパートの後輩たちにバレている。つまり駿介は萌の名前を書かなければ、怪しまれてしまうのだ。ここは間違いなく、萌が違う誰かの名前を書くべきところだった。

 萌は落ち込んでいたけれど、悪いことばかりでもなかった。本来一位の駿介に渡されるはずだった、顧問が用意した特別プレゼント。それを萌ももらうことが出来たのだ。
 中身はプロオーケストラの年末コンサートのチケット。もともと二枚分用意していたのを、駿介と萌に一枚ずつプレゼントしてくれたのだ。

「すごーい! これってなかなか取れないって噂のやつだよね? プロオケの演奏、楽しみ…………!」
「先生の大学の同期が、このオーケストラに所属してるんだって。先生のツテに感謝だな」
「わああ、早く年末にならないかなぁ……!」

 久しぶりに駿介と並んで歩く帰り道。すっかりはしゃいで舞い上がっている萌を、駿介はしばらく嬉しそうに横目で眺めていた。
 それから「もしかしてこの後のデートより楽しみになってない?」と問いかけられた言葉に、萌は頰を膨らませる。

「矢吹くんのいじわる」
「ん?」
「今日は特別って知ってるでしょ。初めてのデートだもん」

 もちろん年末のコンサートも楽しみだ。プロのオーケストラの生演奏。なかなか機会のないそれは、間違いなく勉強になるだろうし、純粋に楽しめるに違いない。
 でも、萌は期待してしまっている。
 萌が持っているチケットと、同じものが駿介の手の中にある。つまり、年末にも会うことが出来るかもしれない、と。
 そんな萌の考えに気づくはずもなく、駿介は「楽しみにしてくれてるならよかった」と笑う。

 駿介に教えてあげたいと思った。
 きっと彼が想像している以上に、萌が今日のデートを楽しみにしていたこと。
 不安になる日もたくさんあったけど、今日の約束のおかげで乗り越えられたこと。
 今はまだ言えないけれど、いつか伝えられたらいいな、と思う。

 萌の家の前に着くと、駿介は待ち合わせの時間と場所を改めて確認する。

「予定通り四時半に水族館のある駅前に集合で大丈夫?」
「うん、誰かに見られちゃったら大変だし、それで大丈夫だよ」
「…………電車も、平気?」

 意図の分からない質問に首を傾げるが、痴漢、という単語をあえて伏せてくれたのだと気がついた。
 駿介の優しさが嬉しくて、大丈夫だよと萌は笑って答えた。

「ん、分かった。じゃあまたな」
「うん、またね」

 いつもよりも少し近い未来を約束する、またね、の言葉が心地よかった。
 来た道を引き返していく背中に、「めいっぱいおしゃれしていくね!」と声をかけると、駿介は振り返って笑ってくれた。

 この約束が叶わないなんて、きっと二人とも、想像もしていなかった。