クリスマスアンケートは意外にも有効活用されていた。
選ばれたクリスマス曲の楽譜を急遽取り寄せて、練習なしの初見演奏大会が開かれる。萌は譜面をしっかり読み込んでからでないと演奏出来ないタイプなので、なかなかひどい仕上がりになってしまった。
完成度の低い合奏も、楽しければそれでいい。それがクリスマス会なのだ。
クリスマスメドレーは、三曲あるうちの一つをそれぞれが選んだ。同じ曲を選んだ者同士でチームを組み、十五分間の譜読み時間を経た後、順番に披露していった。
これも斬新な企画でとてもおもしろかった。いつもならバランスを考えて楽器の編成が組まれるのに、各々が好きな曲を選んだため、必要なパートがいない、なんてことも起きてしまうのだ。
サンタとトナカイのコスプレもしっかりと用意されていて、得票数の一番高い部員が着ることになった。
普段はおとなしいフルートパートの女の子がサンタのコスプレをして出てきたときは、非常に盛り上がった。あまりのかわいさに、萌も「一緒に写真撮っていい?」と思わず訊いてしまったほどだ。
クリスマス会が終わりに近づいてきて、ケーキやサンドイッチなどを食べながら楽しく会話をしていると、ふいに聴き覚えのある恋愛ソングが流れ出す。クリスマス会の実行委員達が演奏しているその曲は、最近流行っているアイドルのものだ。
「さて、そろそろクリスマス会もおしまいの時間ですが…………まだ発表してない大事な項目があります! そう、ずばり、クリスマスデートをしたい部員ランキングー!!」
マイクを持って楽しそうに司会をするのは風花だ。
ショートケーキのいちごを頬張りながら、萌は簡易ステージを眺める。
「名前を呼ばれたら前に来てくださいね! じゃあまず三位! トロンボーンパートのいぶし銀! 太一くん!」
同じテーブルにいた男子が名前を呼ばれたので、萌は嬉しくなってたくさん拍手をする。
口数が少なくてクールな印象のある男の子だが、少しだけ照れているようだった。
「さあ次は二位! オーボエを持たせたら天下無敵! 信長先輩!」
風花の紹介の仕方がおもしろくてつい笑ってしまう。拍手をしながら必死で笑いを堪えていたのに、あちこちで笑いの声が上がっていることに気づき、萌も堪えることは諦めた。
「さてさて第一位! もうみんな予想ついてますね? というかいくら女子が多い部活とはいえ、さすがに票を取りすぎです! 我らが部長、トランペットパート、駿介先輩ー!」
先ほどまでよりも大きな拍手がわき起こる。駿介は簡易ステージに上がりながら、司会の風花の頭をぺしんと叩いて、また笑いが起こる。
クリスマスにデートをしたい部員。その一位に駿介が選ばれたのは、萌も嬉しかった。頼れる部長で、自分にも人にも厳しいけれど実は優しい。同じ吹奏楽部にいる部員たちは、みんな駿介の魅力を知っているのだ。そのことが無性に嬉しく感じられた。
「えーっとですね、本来ならばここで発表は終わりにして、先生が用意してくれた特別プレゼントを一位の方にお渡しする予定だったんですよ」
何か予定が変更になったような口調に、萌は少しだけ身構える。もし不測の事態が起きていて、後輩が困っているなら助けてあげたい、と思ったのだ。
しかし、喜ぶべきか悲しむべきか。萌の後輩は非常にしたたかなのだった。
「でもね、なんと! クリスマスデート企画で、驚くことにカップルが成立したんですよ! これを祝わないことには終われないでしょう!」
ん? と思わず小さな声が漏れる。
何も起きていないのに、なぜだか嫌な予感がした。
「えー、多数の票を獲得してぶっちぎりの一位を決めてくれた駿介先輩ですが…………実は、先輩が投票した方も、駿介先輩の名前を書いていたんですねー!」
「は?」
駿介が驚いたように目を丸くする。
萌は動揺が顔に出ないよう、必死で笑顔を貼り付けていたが、冷や汗は止まらない。
駿介の目が慌てたように萌を捉え、萌は思わず顔を隠す。
ご、ごめん! やらかしました!
そんな内心の叫びなど聞こえるはずもなく、風花は楽しそうに進行していく。
「さて、せっかくなので上がってきてもらいましょう! 男子を押し退けてランクインしてもおかしくなかった、かわいくて優しい私の自慢の先輩! トランペットパート、萌先輩!」
二人を冷やかす声が上がる中、萌は赤く染まった頰を押さえ、やらかしたぁ、と一人呟くのだった。