二つ目の話は、健也のことだった。

 昨日か今日……、健也と何か話をした? と曖昧な質問をされる。
 してないよ、と嘘をつくことは簡単だ。でも、その場しのぎの嘘には何の意味もない。

「昨日は何も。学校着いた後すぐに先生たちと応接室にこもっちゃったし、その後も早退しちゃったから」
「…………今日は?」

 駿介の目が萌をまっすぐに見つめる。同じように見つめ返しながら、したよ、と言葉を返す。
 そのことは駿介も予想していたようで、だよなぁ、と苦笑いをこぼす。

「…………昨日の昼休み、健也が俺のところに来たんだ」

 動画でそのやり取りを記録されていたことを、駿介は知らないようだった。
 健也に宣戦布告されたよ、と続いた言葉に、萌は何を言っていいか分からなかった。

 告白をされて、本気で奪いにいく、と宣言されたことを話した方がいいのだろうか。
 でも、余計な不安を抱かせてしまうかもしれない。
 少しの間考えを巡らせて、結局萌は少しだけ話すことにした。話しても話さなくても不安になるのなら、話しておいた方がいいと思ったのだ。

「覚悟しておいてね、って言われたの」
「覚悟?」
「うん。本気で奪いにいくから、って」

 駿介が静かに息を飲んだ。
 萌は構わずに言葉を続ける。駿介を不安にさせないために、伝えておきたいことがあったからだ。

「私、五十嵐くんの気持ち、嬉しかったの。でもね、私にとって五十嵐くんは、やっぱり友達なんだ」
「雨宮…………」
「矢吹くんだよ。私が好きなのは、矢吹くん。それは絶対、変わらないよ」

 萌はやわらかい声で、気持ちを言葉に乗せて紡いでいく。
 駿介が少しでも不安を感じているのなら、どうか伝わってほしい。萌の素直な気持ちが、まっすぐに届くように。

 教室の空気がやわらかくあたたかいものに変わった気がした。
 駿介の表情に入り混じっていた、焦りのような色が消える。萌の気持ちはしっかりと伝わったようだ。

「うん、俺も」
「え?」

 紡がれた短い言葉の意味を聞き返す。駿介は優しい笑顔を浮かべ、萌の欲しかった言葉を紡いでくれた。

「雨宮が、好きだよ」

 例えるならば、雪解けだろうか。
 ずっと冷たい雪に隠れて見えなかった、春の萌しを確認できたような。そんな嬉しさがあった。
 うん、と答えた萌の声は、小さかったけれどきっと弾んでいた。自分ではあまり分からないけれど、そんな気がした。