「雨宮に、話したいことがあるって言ったじゃん」
お弁当を食べながら、ふいに駿介は話を切り出した。ドキンと大きく心臓が鳴って、思わず箸も止まる。
別れ話ではなさそう、だけど。それでも改まってする話、というのはなんだかこわい。
不安を押し隠して頷くと、「じゃあまず一つ目」と話が複数あることを暗に告げられてしまう。
「部活、一週間休むって聞いたけど、何かあった?」
自分でも目が泳いでしまった自覚はあった。駿介ももちろん見逃すはずがなく、何かあったんだな、と繰り返す。
本当はあまり言いたくない。
痴漢にあったことを話せば、きっと駿介は自分を責めてしまう。萌がそういう被害にあわないように、一緒に登下校してくれていたのだから。自分が一緒に登校していれば、と後悔してしまうかもしれない。
萌が口をつぐんだまま悩んでいると、駿介は「俺には言えない話なら、無理に言わなくていいからな」と優しく声をかけてくれる。
言えないわけではない。傷つけないように伝えるのが、難しいだけだ。言葉を慎重に選びながら、萌はぽつりぽつりと音を紡いでいく。
「あのね、念のため最初に伝えておくけど、…………これは絶対に矢吹くんのせいじゃないから。だから、絶対に自分を責めないでね」
「…………ん、分かった」
駿介の表情からは、何を考えているのか、読み取るのは難しかった。
それでも萌の言葉に頷いてくれたので、少しずつ話を進めていく。
ここ数日バスの中で痴漢にあっていたこと。
健也に保健室へ連れて行ってもらった日、愚痴を聞いてもらったこと。
健也に痴漢を捕まえてもらったこと。
その犯人が同じ学校の先輩で、以前萌が告白を断った相手だったこと。
先生たちの配慮で、昨日の授業と向こう一週間の部活動を休ませてもらうことになったこと。
冬休みに入るまでは、両親が送り迎えをしてくれること。
ときおり声が震えてしまったのは、バスの中での記憶がフラッシュバックし、恐怖が鮮明によみがえったからだ。
萌の拙い話を聞きながら、駿介は暗い顔で相槌を打っていた。
「今日五十嵐くんにお弁当を作ってきたのも、その…………捕まえてくれてお礼に、リクエストされたからなの。だから、変な意味はないよ」
痴漢という単語を使うのが嫌で、少しだけ曖昧な表現になる。それでもしっかりと駿介には伝わったようで、そっか、と低い声が教室に響いた。
しばらく沈黙が続いて、再び萌から口を開くべきか迷っていると、駿介が「ごめんな」と呟く。
「雨宮がこわい思いをしてるとき、そばにいられなくてごめん」
「ううん。私も……話しにくいからって、相談するの先延ばしにしちゃってた。そのせいで矢吹くんが自分のこと責めちゃうかもって、そこまで考えられなかった。ごめんね」
萌がそう言うと、「雨宮は本当にいつも人の心配ばっかりだな」と駿介が眉を下げて笑った。