駿介がお弁当を広げ始めたので、萌も真似して自分のお弁当を取り出した。健也に作った余り物、もとい失敗作である。残念ながら健也に渡したお弁当も上手に出来たとは言いがたいので、成功も失敗もないのだが。
ふと視線を感じて萌が顔を上げると、駿介が萌のお弁当をじっと見つめていた。
健也が萌の手作りだなんて言わなければ、きっと駿介は弁当の中身まで気にして見なかっただろう。下手くそなそれを見られるのが恥ずかしくて、ぱたんと蓋をすると、駿介が小さく呟く。
「雨宮って料理出来ないんじゃなかったっけ」
「で、出来ない……。本当に、悲しいくらい下手くそ、です…………」
だから見ないでくれると嬉しいんだけど、と付け足すと、駿介は拗ねたような表情を浮かべる。いつもかっこいい彼の珍しい一面だ。思わず見惚れていると、駿介にお弁当の蓋を取られてしまう。
「あっ!」
「ふーん。で? なんでこれを、俺じゃなくて健也に作ったの?」
なるほど、これがヤキモチ。
どうしよう、嬉しい…………。
にやけてしまいそうになる口元を手で覆い隠して、お礼として作ったの、と答えを返す。
「ちょっと昨日いろいろあって……、五十嵐くんに助けてもらったから、お礼をしようと思って。そしたら手作りのお弁当がいいって言われて、その、料理は苦手だからって一応断ったんだけど………………」
言い訳がましくなってしまった。いや、間違いなく言い訳だった。
健也にお礼をするのは譲れないことだったので、百歩譲って手作り弁当を渡したことまではいいとしよう。それでもせめて、駿介に先に一言伝えておくべきだったかもしれない。
いらぬヤキモチをやかせてしまった上に、それを喜んでしまっているのだから、完全に萌が悪い。宣戦布告の件を知らなかったとはいえ、配慮が足りないことは間違いなかった。
「……俺も食べたいんだけどな、雨宮の手作り」
本来ならば嬉しいはずのお願いは、料理下手であるが故に頷きがたいものだった。
萌はお弁当の中身に視線を落とす。
形の崩れた卵焼き。甘い卵焼きが好きなので、砂糖で味付けをしてみたが、味見をしてもなぜかほとんど味がしなかった。
きんぴらごぼう。これはしょっぱい。なかなか喉が渇く一品に仕上がったと思う。
焼くだけのハンバーグ。簡単調理、と書いてあったのに、綺麗に焦げてくれた。焦げ目を削ぎ落とせば、一応食べられるだろう。
ほうれん草とコーンのバター炒め。味はそこそこバランスよく仕上がったが、水気が上手く飛ばず、べちゃべゃしている。
総合評価、赤点。
改めて見返すと、健也は本当にこれを食べて大丈夫だろうかと心配になってしまう。それくらいひどい出来だ。
でも、と萌は目線を上げる。目の前には、大好きな人。料理は下手だと聞いた上で、それでも萌の手作りを食べたいと言ってくれている。
しかも、昨日自分に宣戦布告してきた健也に対し、萌がお弁当を渡してしまったせいで、ヤキモチをやいてちょっと不機嫌そう。
「あのね、本当に…………本っ当においしくないの」
「うん」
「それでも食べる?」
「食べる。食べたい」
駿介がやわらかく笑った。その笑顔を見たら、お弁当を差し出す以外の選択肢など、萌にはないのだった。
おいしいよ、と言って、駿介は萌の手作りしたお弁当を食べてくれる。
代わりにもらった駿介のお弁当は、文句なしにおいしかった。矢吹くんのお母さんの手作り? と訊くと、駿介が自分で作ったと言うので、萌は恥ずかしさのあまり机に突っ伏すことになった。