しばらくの間、二人の間に会話はなかった。駿介に導かれるままに椅子に座ったけれど、楽しくお弁当、という雰囲気ではない。
 話したいことはたくさんあった。話さなければいけないことも、山積みになっている。なのに空気が重たくて、とてもではないが口を開けなかった。

 沈黙を破ったのは駿介の方だった。
 椅子に座ったまま天井を仰ぎ、あー、と低く呟く。
 それから楽器を吹くときのように深く息を吸い込み、吐き出す。そんな駿介を黙って眺めていると、彼はようやく萌の顔を見てくれた。

「…………正直に言っていい?」
「なに?」
「すげぇ妬いた」

 聞き慣れない言葉が鼓膜をくすぐる。その意味を理解して、頰がじわじわと赤く染まっていった。

 妬いた。妬いたって、ヤキモチ、だよね?

 駿介からすれば、素直に嫉妬心を吐き出しただけなのかもしれない。でも、萌にとってはそれ以上に価値のある言葉だった。
 嫉妬する、ということは、まだ萌のことを好きでいてくれている証拠だから。こんな歪な愛情の確認の仕方はきっと良くない。もっと駿介の気持ちを信じないと。そう思うのに、どうしてもうまくいかない。

 ずっと、麻衣との関係が不安だった。
 付き合っていると噂になるほど仲が良くて、登下校も一緒。もしかしたら、萌よりも麻衣の方がいいと、そう思っているのかもしれない。
 顔を見て話をしたいと言われたとき、一番に別れ話が頭をよぎった。それくらい、ずっと不安だったのだ。
 でも、やっぱり駿介には言いたくない。言えるはずがない。
 麻衣に嫉妬してしまっていることも、駿介の気持ちを信じ切れずに不安を抱いていることも。
 がっかりされるのも、嫌われるのもこわくて、心の奥に必死にしまいこんでいるのだ。

「…………私も、一個だけ、正直に言うね?」
「ん」
「今、すっごく泣きそう」
「………………え?」

 駿介の目が見開かれる。
 目の前が涙でにじんでいくのを、必死で堪える。痛いくらいに唇を噛んでいたら、眉を下げた駿介が、萌の口元にそっと指先を伸ばす。

「口、切れちゃうから」
「…………どうせ部活、一週間行けないもん」
「あー、もう、そういうことじゃないって」

 トランペットを吹くときに痛いぞ、という意味かと思ったが、どうやら違ったらしい。
 前髪に隠れたおでこを、駿介の指先がぱちんと弾く。
 んむ、と変な声が漏れて、唇が緩んだ。
 どうやらデコピンをされたらしいと気がついて、何するの、と抗議をする。駿介はじっと萌を見つめていたが、「涙、引っ込んだな」と小さく笑った。