「雨宮ちゃんってさ、俺にとって、好きな人の好きな人の好きな人だったんだよね」
渡り廊下の見通しのいい窓から、健也は空を眺めている。雲一つない快晴だ。
好きな人の、好きな人の、好きな人。
なぞかけのような言葉の意味を考えようとしたが、萌が答えを出すよりも先に健也は言葉を続ける。
「中学生のときに本気で好きだった子がいるんだ。その子の好きな人が、雨宮ちゃんを好きってことね」
尚も混乱している萌の様子を横目で見て、健也は楽しそうに笑った。
しょうがないから一つだけヒントをあげる、と言って、萌の顔を覗き込む。
「篠原麻衣。俺が当時好きだった女の子の名前です」
「…………っ!」
「話が繋がったかな?」
いたずらっ子のように笑う健也。
ようやく萌にも理解することが出来た。こくこくと頷くと、健也は再び空を見上げた。
麻衣と同じ中学校だったと言っていたが、まさか健也が麻衣のことを好きだったとは。
過去形で語るくらいなので今は吹っ切れているのかもしれない。それでも彼女の名前を口にするとき、いつもよりずっと優しい響きだったことに、萌は気づいていた。
一度付き合って、すれ違ってケンカして別れてさ。あいつは別の人と付き合って、俺も女の子と遊ぶようになって。でも、ずっと気にかけてた。
健也の語る言葉を聞きながら、萌は静かに相槌を打つ。
ホームルームの始まりの鐘が鳴った。
二人とも音の方を確かめるように顔を上げたが、その場から動くことはなかった。
「まあすごく簡単に言えば、麻衣が本気で好きになった男がどんな奴か気になって近づいて。その後は麻衣を好きにならないなんて、じゃあどんな女の子が好きなんだろうって確かめたくなったんだよねー」
かっこ悪い話でしょ、と自嘲気味に笑うけれど、萌はそうは思わなかった。
そこまで想ってもらえる麻衣のことを、純粋にすごいと思った。勝手に苦手意識を持っていたけれど、話をしてみたらすごくいい子なのかもしれない。駿介との噂があってさらに近寄りがたい存在になってしまったので、確かめる術はないけれど。