翌日、朝練習に行く予定はなかったが、萌はいつも通りの時間に起きて、お弁当作りに挑戦した。昨日の昼間に母から教わった通りに作ったのに、なぜか上手に出来ない。これが経験値の差なのだろうか。
何回か作り直して、一番ましなものをお弁当箱に詰める。残りはどうしようかと迷っていると、父が萌の手作りを食べてみたいというので、おいしくないよ、と前置きした上で渡してあげた。
それから父が運転する車で学校まで連れて行ってもらう。バスに乗らないというだけでだいぶ気が楽だったが、父はひどく心配していた。
「その生徒、処分が決まるまでは休ませるって話だったけど、本当に大丈夫か? 嫌なら無理に行かなくてもいいんだぞ」
「大丈夫だよ、お父さん。昨日も休んじゃったし、あんまり休むと授業についていけなくなっちゃう」
父を安心させるために笑顔を作ると、少しだけ不安は和らいだようだった。
それでも「今日はお母さんが家にいるから辛かったら無理せず早退するんだぞ」と念押しされたので、萌は素直に頷いた。
父の通勤時間に合わせて登校したため、少し早く学校に着いてしまった。教室にはまだ誰もいなくて、萌は自分の席に荷物を置き、そのまま窓の外を眺める。
トランペット、吹きたいなぁ。
たった一日休んだだけなのに、そう思ってしまうのは、向こう一週間は部活を休むことが決まっているせいだろう。
部活動を休ませてもらっている身の上で朝練習に行くのはどうなのだろうか。そもそも顧問の塚内から許しが降りるのか、などとぼんやり考えていると、一人、また一人とクラスメイトがやって来る。
「あ! 萌ちゃん、昨日大丈夫だった? 体調悪かったの?」
「えっと、そんな感じかな」
声をかけてくれた女子生徒は健也とよく一緒にいる子で、見た目は派手だがとても素直で優しい性格をしている。
萌のことを心配してくれた友人にお礼を言うと、なぜか彼女は目を輝かせる。
「お礼はいいの! そんなことより、萌ちゃん、もう健也くんの話って聞いた?」
「五十嵐くん? なんだろう、何も聞いてないかな……」
「えーっ! 早く聞いた方がいいよ! あたし、自分は関係ないのに、すっごくきゅんとしちゃった!」
じゃあ後で感想聞かせてね! と言い残して、彼女が萌の机から去っていく。
その言葉の意味が分かるのは、雪穂が登校してきてすぐ、二分程度の動画を見せられてからだった。