萌は冬休みが始まるまで、父と母に車で送迎してもらうことになった。同じ学校の生徒による痴漢、しかもそれが振られた腹いせだと知り、父は憤慨していた。警察に突き出してやる、と怒り狂う父に、また逆恨みされたらこわいから、と必死で説得するのは大変だった。
突然学校を休むことになったのだから、勉強でもしていればいいのだが、そんな気持ちにはなれなかった。ベッドの上でごろごろと暇を持て余す。
萌の休みを心配した友人からのメッセージに返信をして、萌はアドレス帳から健也の名前を探した。上から下までスクロールしても見つからず、もう一度くまなく探したがやはり健也の名前はなかった。
二年続けて同じクラスだというのに、連絡先を交換していなかったらしい。
萌は苦笑をこぼして、友人の雪穂宛にメッセージを送った。授業時間であるにもかかわらず、雪穂からはすぐに返信がきた。
雪穂に教えてもらった連絡先宛に、メッセージを作成する。
感謝と謝罪の気持ちをしたためると、気持ちの悪いほどの長文になってしまった。いくらお礼の気持ちを伝えたいからといって、さすがに引かれてしまいそうだ。
結局、削れる文章は全て削除し、シンプルなメッセージを送ることにした。
『雨宮です。雪穂に五十嵐くんの連絡先、勝手に聞いちゃった、ごめんね。今日は本当にありがとう。後でお礼をさせてください』
三回ほど読み返して、送信ボタンをタップする。
これだけでは味気ないかな、と思いかわいいスタンプを選んでいると、その間にも返信が届いてしまう。
雪穂も五十嵐くんも、授業全く聞いていないでしょ!
思わず心の中でツッコミながら、萌は健也からのメッセージを読む。
『ぜーんぜん大丈夫だよ。お礼なら、雨宮ちゃんの愛情がたっぷり入った手作りのお弁当がいいなー』
文章を読んでいるのに、自然と健也の声が頭の中で再生された。言葉の選び方や少し間延びした喋り方が、メッセージにも強く表れている。そのことがなんだかおもしろくて、萌は自然と微笑んでいた。
『私料理できないから、絶対おいしく作れないよ? それでもいいなら頑張ってみるけど』
『えっ本当に作ってくれるの? 雨宮ちゃんが作ってくれたお弁当ならどんなものでもちゃんと食べるよー』
そんなやりとりをして、萌はベッドから起き上がる。髪の毛をポニーテールにまとめて、階下にいる母に声をかけた。
「お母さん、お弁当の作り方教えて」
普段全く料理をしない萌の言葉に、母はひどく驚いていたが、同時に嬉しそうだった。
落ち込んでいた萌を元気づけるように、美味しいお弁当を作ろうね、と言ってくれる。萌は笑顔で頷いて、久しぶりにキッチンに立つのだった。