そこから先は、とんとん拍子に話が進んだ。

 犯人は、受験を間近に控えている三年の先輩だった。部活動でも委員会でも接点はないが、萌はその名前を知っていた。
 告白をされたことがあり、丁重にお断りした相手だ。好きな人とか付き合っている人がいないなら俺と付き合ってみればいいだろ、としつこく食い下がってきた人だった。
 振られた腹いせにちょっと痛い目を見せてやろうと思った、と本人は言っているらしい。別室で事情を聞かれているその先輩は、素直に自分のしたことを認めているようだった。写真という決定的な証拠があるのもかなり有効だったので、健也には頭が上がらない。

「お母さんに連絡をしたから。すぐに迎えに来るそうよ」
「えっ、でも……あの、授業とか部活とか、出たいんですけど…………」
「今日は休みなさい。顧問の塚内先生も、部活は一週間休んでいいって言ってたわよ」

 一週間、と言葉を繰り返し、萌は思わず肩を落とした。そんなに練習を休んでしまったら、感覚が鈍ってしまうのではないだろうか。何より、思っていた以上に大ごとになってしまったことで、罪悪感すら覚えていた。

 こんこん、と応接室の扉がノックされて、三年生の学年主任である片岡が顔を出す。お局様と陰で呼ばれているベテランの女教師で、どんな生徒にも平等に厳しいことで有名である。いつもキリッとしている片岡が、朝だというのに疲れ切った顔をしていた。
 きっと自分の受け持つ学生が痴漢という問題を起こしたせいで、頭を抱えているのだろう。
 この場で一番の被害者は萌であることは間違いない。
 それでもこんな厄介な問題を持ち込まれてしまって、先生たちもかわいそうだな、と少し同情してしまった。

 片岡はずり落ちてくるメガネの位置を直し、萌に深く謝罪した。それから、今後の処分と対応については、萌の気持ちと両親の意向、そして本人の反省の度合いなどを考慮して決めていくことを説明してくれる。
 受験生とはいえ、卑劣な行為をしたならば容赦はしない。そんな気持ちが見え隠れしていて、萌は少しだけ安心した。

「それから雨宮さん。あなたのクラスメイト……五十嵐くんが、あなたに会いたいと言っていますが、どうしますか」

 痴漢を捕まえてくれたとはいえ男子生徒ですし、無理に会う必要はないと思いますけど。
 付け足された言葉に、さすがだなぁ、と感心する。教師という立場であっても、女性としての目線や考え方をしっかり持っている。
 健也には申し訳ないが、萌は先生の優しさに甘えることにした。明日また学校でと伝えてください、と萌が言うと、片岡は再び萌に頭を下げて応接室を後にした。
 今日はいろんな人に甘えてばかりだ。いつか恩返しが出来る日がいいのだが。