嫌なことというのは重なるものなのだろうか。
　それとも、声を上げられない萌が悪いのか。どうしていいか分からず、ただ我慢するという選択肢しか見つけられない。

　萌は学校に到着するなり早足でトイレに駆け込んだ。気持ちが悪くて、吐きそうだった。震えと冷や汗が止まらない。胃の中からせり上がってくる内容物を、我慢できずに吐き出した。嘔吐すると、苦しくて涙がにじむ。胃の中が空っぽになるまで吐き続けた。
　どのくらいそうしていたのか分からない。涙を拭って、震える足で個室を出ると、やけに廊下が騒がしいことに気がついた。口を入念にゆすいで、鏡を見る。顔色は真っ青だった。

　あれは、痴漢なのだろうか。
　最初は二週間前。スカートの裾のあたりに、ずっと手がぶつかっていた。嫌だったが、混雑しているバスだし、胸やお尻を触られたわけではないのでそのときは勘違いかな、と思った。
　その日からときおり『それ』と出会ってしまう。『それ』は間違いなく痴漢だと言い切れるほど、分かりやすい触り方をしてこない。太ももに手が触れるだけ。撫で回されているわけでもないし、身をよじるようにして逃げることしか出来なかった。

　しかし、さすがの萌も三日続けて触られて、『それ』が勘違いではないことを確信した。日に日にエスカレートしていくその行為が、こわくてたまらない。
　今日は、スカートの中に手が侵入してきた。指が、下着のラインをなぞった。ぞっとして身体が固まった。
　これは声をあげれば間違いなく痴漢と認定できるはずだ。そう分かっていても、こわくて声が出なかった。
　たぶん犯人はずる賢くて、言い逃れできる範囲で痴漢行為をして、萌の反応を伺っていたのだ。声を上げるタイプではない。この子なら大丈夫。そう思われてしまったのかもしれない。

　どうしよう。バスの時間を変えるべきだろうか。
　一本後のバスはもっと混んでいて、それこそ痴漢が多い。元々萌はもっと遅い時間のバスを利用していたのだが、痴漢の被害にあって、気持ちが悪くて時間を早めたのだ。
　でも、一本前のバスにすると母が怪しむかもしれない。そもそもお弁当を作ってもらっている身なので、もっと早く家を出るね、というのは申し訳ない。部活動が忙しいわけでもないこの時期に、早く登校する理由も見当たらなかった。