他の学年の生徒にまで噂は伝わっていて、話を聞いた後輩が萌に確認に来たほどだ。トランペットパートのかわいい後輩たちは、駿介の萌に対する気持ちを以前から知っていたらしい。はっきりと言葉にはしなかったが、どうして萌先輩じゃなくて他の人と、という気持ちが滲み出ていた。
「うーん。私も矢吹くんに直接聞いたわけじゃないから分かんないや。ごめんね」
そう言って美波と風花のことをなだめる。なぜか二人は泣きそうな顔をしていて、萌の心のやわい部分がじくりと痛んだ。
暴走しがちな二人を見守るために一緒に来たらしい裕也が、大丈夫ですか、と声をかけてくれる。
「なんで? 大丈夫だよ」
心が確かに動いているのに何でもないふりをする、というのは、結構しんどいことだと初めて知った。
それでも気持ちを押し隠すように笑いながら答えると、裕也は少しだけ眉を寄せる。それから萌にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「大丈夫なふりをしたいなら、もう少し上手にやった方がいいですよ」
「え?」
「俺にも分かるくらいですから、駿介先輩が気づかないはずないので」
「…………っ、!」
もしかして、裕也にはバレているのかもしれない。
駿介の気持ちだけでなく、萌の気持ちも。それからひょっとすると、二人が付き合っていることまで。
言葉に詰まった萌に、裕也が小さく笑った。
「まあ、頑張ってください。先輩たちに元気がないと、あいつらも凹むみたいなので」
美波と風花の方をちらりと見やって、裕也が優しい表情を浮かべる。
おてんばな妹たちを少し離れたところから見守っている。例えるならば、そんなやわらかい笑顔だった。
一つ年下の後輩が、思っていた以上に良い関係性を築けていることに嬉しくなる。
「うん。そうだね。美波ちゃんと風花ちゃんには笑っていてほしいもん。私も頑張るよ」
何を、とは言わない。自分でも何をどう頑張ればいいのか、まだ分かっていないから。
でも萌のことを心配してくれる人がいる。気にして見ていてくれる人がいる。
せめてその人たちに、心配をかけないようにしなければ。