「書かなければいけないんだけど、テーマが指定されていて、正直煮詰まってる」
「そうなんだ……どんなテーマなの?」
「げ、現代恋愛……」

 気まずそうに言ってみると、緒川は頬を引きつらせながら「ああ……」と頷いた。言わんとしていることはわかる。「お前にそんなのが書けるのか」と思っているのだろう。怒りはしない。まったくもって、その通りだ。

「察すると思うけど俺、彼女いたことないし、女友達もいないから全然話が浮かばなくて……」

 自分の話し声がどんどん小さくなっていく。自信のなさの表れだ。

 コーヒーを一口飲んで、居心地の悪さを紛らわせる。一方、緒川からは先程までの引きつった笑いが消え、いつの間にか真顔になっていた。

「そういうアイディアってさ……体験したら浮かんでくるものなの?」
「え? えっと……多分」

 緒川が「そっか……」と考え込んでいる。どうして緒川がそんな神妙な顔になるのだろう。

「お、緒川? どうかしたか?」

 おそるおそる尋ねてみると、緒川は意を決したようなキリッとした顔で俺に言った。

「あの──良かったら、私に手伝わせてくれない?」
「へ?」

 あまりに突拍子のないことだったから、思わず素っ頓狂な声が出た。

 緒川が手伝う。俺の作品の。
 この事態を把握するのに頭の中でリピートしてみるが、いくらやっても理解が追いつかない。

「えっと……それって、取材してもいいってこと?」

 震えた声で確認すると、「なんでもいいよ」と即答された。

「なんでもいい。取材でも、なんでも」

 穏やかな緒川からは考えられないような、恐ろしく厳粛した顔つきだった。

 睨みつけられる程の真剣な目つきに気圧されそうになる。だが、これは俺にとって願ったり叶ったりだ。今のままでは一歩も前に進めない。けれども、緒川の力を借りれば少しくらいは俺も何かを掴めるかもしれない。それに俺は、昔、緒川のことが──

「……やっぱ、だめ?」

 黙っている俺が「困っている」と思ったのだろう。緒川は申し訳なさそうにしつつも、こてんと小首を傾げた。

 こんな可愛らしい彼女の仕種を目の当たりにしておいて、脳裏には森橋さんの顔が浮かんでいた。背景にコウモリが飛んでいそうなくらい悪魔的な笑顔だ。セリフをつけるなら、「計画通り」だろう。

「も、森橋さんに確認するから、返事待ってもらっていいか?」

 そう言うと、緒川はニコッと笑って「うん」と頷いた。その笑顔のあまりのまぶしさに直視できなかった俺は、空っぽになったコーヒーカップを口に運んでその場を取り繕った。