「というか、なんで題材が現代恋愛限定なんですか。俺の得意分野、異世界ファンタジーですよ?」
「すいませんねえ、編集長の意向という名の命令なんですよ。文句なら先生を代打にさせた作家さんに言ってください」
「うわ、こんな大人になりたくねえ」

 と、口に出して嫌みを言ってみるが、森橋さんは気にせずにフラペチーノをストローでズズッと啜った。顔に似合わず甘党だから、どうせこの店にしたのもそのフラペチーノを飲みたかっただけに違いない。

「でも、正直そろそろ進めてほしいんですよねえ。先生の目途が立たないと、こっちも動けないんで」

 森橋さんは後ろに流した髪をがしがしと掻きながら、厳めしい顔でぼやく。

 余裕ぶっこいていそうな彼だが、実際のところ出版のデッドラインは着々と近づいていた。

 今回の依頼は異例中の異例だった。というのも、依頼していた作家さんが入院によって出版の目途が立たなくなってしまったから、その穴を埋めるために俺が書くことになったのだ。隔月に一冊だけ出るレーベルだから、発売期間に穴を開けたくなかったのだろう。そこで卒業論文もなく、就職活動もしていない、ただ卒業を待つだけの暇人な俺に白羽の矢が立ったらしい。

 ちなみに入院した作家さんの次回作が恋愛作品だったから、俺にも恋愛系を書いてほしいとのことだ。いろんなジャンルを扱っているレーベルなのだが、前後で発売される作風も調整しているようだ。

 俺の得意分野は無視。締め切りもタイト。そして浮かばないアイディア。絶体絶命な状況だ。それなのに、森橋さんは今日も淡々としていた。

「いいじゃないですか。異世界ファンタジーの出がらしから脱却するチャンスですよ。新生・瀬戸アテムってことで、新たな客層を得られるかもしれません」
「あなた、その出がらしの担当じゃないですか……俺が恋愛できるタイプじゃないことも知ってるくせに……」
「知ってますけど、先生の得意分野って異世界ファンタジーなんでしょ? 恋愛もファンタジーみたいなものだから行けますって」
「くそ……他人事だと思って……」

 拳を握りしめ睨みつけても、森橋さんは死んだ魚のような目でフラペチーノを啜っている。呼吸はしているが、魂はない。作家のピンチは編集者のピンチ。つまり俺が崖っぷちなら、この人も崖っぷちなはずなのだが……俺にはわかる。この覇気のなさは「もうどうにでもなれ」と思っているに違いない。

「はぁぁぁ」と心の底からため息をつくと、後ろから「あれ?」と女性の声が聞こえた。