「きみ……ひかりの病状をわかっているのか」
「病状?」

 胸倉を掴まれたまま彼の言葉をくり返す。その横で、緒川が彼の腕にしがみつきながら、歪めた顔で訴えた。

「違うの、お父さん……私、風田君に何も言ってないの」

 そう言われて緒川の父は驚いたように目をみはったが、すぐに厳しい顔になった。

「とにかく、帰るぞ」

 緒川の父が緒川の細い腕を取り、そのまま引っ張るように俺の元を立ち去っていく。緒川は怒ったように「待ってよ」と語気を強めたが、彼は聞く耳を持っていない。

 取り残された緒川の母は気まずそうに俺に会釈し、緒川たちの後を追う。

 一連の出来事が、嵐のように過ぎ去った。だが、その過ぎ去った嵐を呆然と眺めることしかできなくて、口を開けながら小さくなる緒川たちを見つめていた。

 ◆

 病院から帰った後、俺はすぐにベッドの上に倒れ込んだ。夕食も取らず、眠ることもせず、ただ天井の染みを見つめながら時間が過ぎるのを待った。

 スマホが振るえたのは、夜もだいぶ更けてからだった。徐にスマホを確認すると、緒川からメッセージが入っていた。

『今、電話していい?』

 絵文字もスタンプもない、たったこれだけのメッセージだった。

『いいよ』と返信した俺は、むくっと体を起こした。緒川から着信が入ったのは、それからすぐのことだった。

 着信ボタンを押し、「はい」と電話に出る。ワンコールで取ったからか、電話越しの緒川がスッと息を呑んだのがわかった。

「……ごめんね、こんな時間に」
「ううん。俺も緒川と話がしたかった」

 そう言うと、緒川から「ありがとう」とお礼が返ってきた。だが、それ以降はお互い口を閉ざしてしまい、しばらく沈黙が続いた。

 やがて緒川が「フフッ」と笑う。

「どうしよう。こっちから『電話していい?』って聞いたのに、どこから話していいかわからないや」
「いいよ、ゆっくりで。話したくないなら、話さなくてもいい」
「……ううん。話す。話すよ。いつまでも風田君に甘えていられないもの」

 緒川の深呼吸が耳元で聞こえる。きっと彼女は覚悟をし決めているのだろう。俺に全てを話す覚悟を。

「あのね……私、病気なんだ──末期がんなの」

 その答えに驚きはしなかった。看護師の感じ。彼女の父の激怒。その雰囲気からある程度は察していた。それなのに、いざ現実を突きつけられると呼吸を忘れてしまうくらい息が詰まった。