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 サディアスは、ラティアーナが定期的に訪れていた王都のはずれにある孤児院を訪れていた。
 以前は教会であった建物を、改装したものである。といっても小さな教会であったため、礼拝堂のあった場所は子どもたちがいっせいに集まる場所として使われている。
「サディアス様、わざわざ足を運んでくださいましてありがとうございます。子どもたちも喜びます」
 そう言って彼を迎えてくれたのは、孤児院で働くマザー長である。孤児院で働く女性はマザーと呼ばれているが、それを取りまとめているのがマザー長なのだ。
「ラティアーナ様がいなくなられて、子どもたちも寂しがっておりまして……」
 その一言でラティアーナがどれだけこの孤児院で慕われていたのかがよくわかる。
 案内された場所は執務室の一画にある、応接の場。部屋数も少ないため、マザーたちが仕事をしている部屋の一画が、こういった客人を迎えるような場所となっている。もともと、教会の集会室であった場所だ。
 整理された机が六つほど並んでおり、そこでマザーたちは事務仕事を行う。それは帳簿だったり、食事のメニュー表だったり。食料の在庫の確認や、子どもたちの衣類が足りているか。建物内に修繕の必要なところはないか。次のバザーには何を出すか。
 そうやって、金は出ていき、金を手に入れる。些細な金の流れではあるが、孤児院にとっては大事な収支である。
 この部屋には今、マザー長とサディアスの二人しかいない。他のマザーたちは、子どもたちに付き添っているのだろう。
「やはり、ラティアーナ様はこちらにはもう、来られていないのですか?」
 もしかしたら、ラティアーナは孤児院にいるかもしれないし、孤児院を訪れているかもしれない。そんな淡い期待を抱く。
「そうですね。聖女様をお辞めになったと聞いてからは、お姿を見ておりません」
 だが、期待していた答えは得られなかった。やはり、孤児院でさえもラティアーナの行方は知らないようだ。
 彼女の足取りのヒントになるようなものはないだろうか。
「ラティアーナ様は、こちらでどのようなことをされていたのですか?」
「特別、かわったことはされておりませんよ。子どもたちに本を読んであげたり、一緒に遊んだりと、本当に些細なことです」
 マザー長の穏やかな顔を見れば、ラティアーナがどのように思われていたのかがよくわかる。
「それに、さまざまなものも寄付いただきまして」
 ラティアーナは、子どもたちの健やかな成長を願って、食料や服なども寄付していたようだ。
 だが、サディアスはふと考える。
 ラティアーナが寄付した物の出どこはいったいどこだろう。彼女は神殿で暮らしていたから、資金があるとは思えない。それに、両親も亡くなったと聞いている。
 彼女が孤児院へ寄付していた物は、どうやって手に入れた物か。
 そんな疑問が沸いてきたが、それを口にすればマザー長を悩ませるだけだ。サディアスはこの考えを、心の奥底にしまい込んだ。
 だが、そんなサディアスの心境に気づきもしないマザー長は言葉を続ける。
「ラティアーナ様がこちらに来られるようになってから、子どもたちの生活もよくなりましてね。一番は食べ物です。三食しっかり食べられるだけでなく、おやつも与えることができるようになりました。ですがこのおやつは、子どもたちが作っているのですよ」
 マザー長はそれが誇らしいのだろう。口の脇と目尻にしわができるほど、破顔する。
「本当にラティアーナ様にはなんて御礼を言ったらいいか……」
 その言葉と彼女の表情を見れば、ラティアーナがどのように思われていたかだなんて一目瞭然である。
「もしかして、これもですか?」
 紅茶と一緒に出されたにビスケットにサディアスは視線を落とす。よく見ると、少しだけ形がいびつにも見える。
「そうです。これも子どもたちが作りました」
「いただきます」
 子どもたちが作ったと聞いたのなら、食べないわけにはいかないだろう。
「やさしい味がしますね」
 特別美味しくもなければ、不味くもない。いたって普通のビスケットである。このビスケットに価値があるとすれば、ラティアーナが教えた子どもたちが作ったという点。
「サディアス様。この後、子どもたちにも会っていかれますか? ラティアーナ様が来られなくなってから、子どもたちも寂しがっておりまして。新しい聖女様……アイニス様? は、こちらに顔すら出してくださらないので……」
 マザー長は取り繕うかのように微笑んだ。
「申し訳ありません。アイニス様は、聖女様になられたばかり。また、未来の王太子妃としても学ぶことが多く、自分のことで手一杯なのです」
「そうなのですね……ただ、こちらの孤児院も、現状は以前ほどではないということをお伝えしておこうと思いまして……」
「それは、どういった意味ですか?」
 マザー長の含みを持たせた言い方はわかりにくい。
 だが、彼女の目が不自然に泳いでいる。言うべきか、言わぬべきか。迷っているようにも見えた。
「その……こういったことをサディアス様に申し上げていいものかどうか……」
「どうぞ、なんなりとおっしゃってください。内容によっては兄や父にも伝えますし、伝えるなと言うのであれば、僕の心の中に秘めておきますので」
 その言葉でマザー長の肩から力が抜けた。
「お恥ずかしいことに、以前に寄付していただいた物が不足し始めておりまして……」
 彼女はサディアスから目をそむける。
「それは、どういった意味でしょう?」
 先ほどから彼女はこんな感じだ。言葉を濁して、言いたいことを察しろと言わんばかりの表現。
「できれば、もう少し寄付をいただきたいと思いまして……」
 それでもマザー長は視線を合わせようとはしない。図々しい願いであると、自覚しているのだろう。
「ですが、兄が定期的に寄付をしているはずですが?」
 そうですね、とマザー長はぽつんと呟く。
「寄付をいただいていることになっているのですが、実は……ちがうのです」
「違う? どういう意味でしょうか?」
 サディアスはおもわず前のめりになった。
「私たちがいただいていたのは、ラティアーナ様が直接持ってきてくださった物のみで。王族の方から寄付されていると言われている物は、いっさいもらっていないのです。ですから、できれば、その……ラティアーナ様がいろいろと用立てしてくださっていた分だけでも、せめて……と思いまして……」
 もしかして、彼女はキンバリーの寄付を受け取っていないと言っているのだろうか。
「はっきりと答えてください。王太子殿下からの寄付金は受け取っていないと、そういうことなのですね?」
「は、はい……。ですが、他の方からはそういった物があるのでしょう、と言われて。もしかして、これからいただけるのかもしれない、とか。王太子殿下の顔に泥を塗ってはならないとか。そう思いまして……。いかにもいただいたかのように答えておりました」
 キンバリーの仕事を手伝っていたサディアスだからわかっている。彼は間違いなく、定期的に孤児院へ寄付金を送っている。それも、子どもたちやマザーたちが食べていくには十分な額を、だ。
「わかりました。兄に……王太子殿下に相談してみます」
 その言葉で、マザー長とやっと視線が合った。
「あの。子どもたちの様子をみることはできますか?」
 ラティアーナがいなくなった今、彼らがどのような生活を送っているのかが気になった。
「もちろんです。是非とも、子どもたちと会ってください。子どもたちも喜びますから」
 やっとマザー長の顔に、明るさが戻った。