「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
男の低い声が静かに響く。
今日は国王の即位二十周年というめでたい集まりの場であった。
シャンデリアが明々と輝く王城の大広間には、祝いにかけつけた人々が集まっている。身なりのよい人々に囲まれるようにして、はっきりとした口調でそう告げた男へ、一斉に視線が集まった。
彼の名は、キンバリー・レオンクル。このレオンクル王国の王太子である。つまり、次期国王。
風が吹くとさらりと揺れる金色の髪、意思の強そうな葡萄色の瞳、すっきりと通った鼻筋に艶やかな唇。これからの未来の一国の主としてふさわしい、見目のよい男。
金色の細やかな刺繍が施されている白い上衣を身に着けているのも、彼だからこそ許されている。
「承知しました」
よく通る声でそう答えたのは、彼から婚約破棄をつきつけられたラティアーナである。
抜けるような空色の髪は真っすぐに腰まで伸びており、情熱的な翡翠色の瞳は、力強くキンバリーを見つめている。湖面を思わせる色のドレスのトレーンは、波紋のように広がっていた。
彼女が他の女性と異なり、トレーンの長い厳かなドレスを着ているのは、聖女だからだ。
いつの間にか楽団が奏でる音楽もやみ、大広間はシンと静まり返った空気が流れている。
「そうか。私の言葉を理解するだけの頭はあったのだな、ラティアーナよ」
その言葉に、彼女が黙って頭を下げると、空色の髪がはらりと肩を流れる。
ラティアーナは、反論するつもりもなさそうだ。淡々とキンバリーの言葉を受け入れる。
「では、ここでさらに宣言させてもらおう。私、キンバリー・レオンクルは、ウィンガ侯爵家のアイニスと婚約をする」
だから先ほどから、キンバリーの隣でアイニスが寄り添っているのだ。
身体の線を強調するような、艶めかしい藍色のドレス。赤い髪も背中で波打ち、シャンデリアの光を不規則に反射させている。色っぽい紺色の目を細くして、ねっとりとした視線でキンバリーを見上げている。
アイニスだって侯爵家の令嬢であるから、身分的にはつり合いは取れているだろう。だから、問題はないはずだ。
「さようですか。では、こちらもアイニス様に差し上げます」
ラティアーナは首から下げていた聖女の証である月白の首飾りを自らはずし、アイニスへと手渡した。
アイニスはそれをひったくるかのようにして受け取ると、キンバリーへと手渡す。彼は穏やかな笑みを浮かべてそれを手にし、アイニスの首にかける。
その一連の流れを、ラティアーナはしっかりと見つめていた。
アイニスの首には、しっかりと月白の首飾りが納まっている。
「わたくしは、聖女だからキンバリー殿下と婚約いたしました。ですが、婚約を破棄された今、わたくしが聖女と名乗るのもおこがましいというもの。ですからアイニス様。これからはキンバリー殿下の婚約者として彼を支え、聖女としてこの国を豊かな未来へと導いてください」
凛とした声でそう告げた彼女は、玉座の国王に身体を向ける。
そこにいる誰もが、彼女から目を離せない。
「国王陛下。即位二十周年おめでとうございます。私的なことでお騒がせして申し訳ありませんでした」
まるで手本のような淑女の礼をした彼女は、くるりと向きを変え、会場の外へと向かって歩き出した。
堂々としたその姿は、彼らの目にも焼き付いている。
これが、彼らが聖女ラティアーナを見た最後の姿でもあった。
男の低い声が静かに響く。
今日は国王の即位二十周年というめでたい集まりの場であった。
シャンデリアが明々と輝く王城の大広間には、祝いにかけつけた人々が集まっている。身なりのよい人々に囲まれるようにして、はっきりとした口調でそう告げた男へ、一斉に視線が集まった。
彼の名は、キンバリー・レオンクル。このレオンクル王国の王太子である。つまり、次期国王。
風が吹くとさらりと揺れる金色の髪、意思の強そうな葡萄色の瞳、すっきりと通った鼻筋に艶やかな唇。これからの未来の一国の主としてふさわしい、見目のよい男。
金色の細やかな刺繍が施されている白い上衣を身に着けているのも、彼だからこそ許されている。
「承知しました」
よく通る声でそう答えたのは、彼から婚約破棄をつきつけられたラティアーナである。
抜けるような空色の髪は真っすぐに腰まで伸びており、情熱的な翡翠色の瞳は、力強くキンバリーを見つめている。湖面を思わせる色のドレスのトレーンは、波紋のように広がっていた。
彼女が他の女性と異なり、トレーンの長い厳かなドレスを着ているのは、聖女だからだ。
いつの間にか楽団が奏でる音楽もやみ、大広間はシンと静まり返った空気が流れている。
「そうか。私の言葉を理解するだけの頭はあったのだな、ラティアーナよ」
その言葉に、彼女が黙って頭を下げると、空色の髪がはらりと肩を流れる。
ラティアーナは、反論するつもりもなさそうだ。淡々とキンバリーの言葉を受け入れる。
「では、ここでさらに宣言させてもらおう。私、キンバリー・レオンクルは、ウィンガ侯爵家のアイニスと婚約をする」
だから先ほどから、キンバリーの隣でアイニスが寄り添っているのだ。
身体の線を強調するような、艶めかしい藍色のドレス。赤い髪も背中で波打ち、シャンデリアの光を不規則に反射させている。色っぽい紺色の目を細くして、ねっとりとした視線でキンバリーを見上げている。
アイニスだって侯爵家の令嬢であるから、身分的にはつり合いは取れているだろう。だから、問題はないはずだ。
「さようですか。では、こちらもアイニス様に差し上げます」
ラティアーナは首から下げていた聖女の証である月白の首飾りを自らはずし、アイニスへと手渡した。
アイニスはそれをひったくるかのようにして受け取ると、キンバリーへと手渡す。彼は穏やかな笑みを浮かべてそれを手にし、アイニスの首にかける。
その一連の流れを、ラティアーナはしっかりと見つめていた。
アイニスの首には、しっかりと月白の首飾りが納まっている。
「わたくしは、聖女だからキンバリー殿下と婚約いたしました。ですが、婚約を破棄された今、わたくしが聖女と名乗るのもおこがましいというもの。ですからアイニス様。これからはキンバリー殿下の婚約者として彼を支え、聖女としてこの国を豊かな未来へと導いてください」
凛とした声でそう告げた彼女は、玉座の国王に身体を向ける。
そこにいる誰もが、彼女から目を離せない。
「国王陛下。即位二十周年おめでとうございます。私的なことでお騒がせして申し訳ありませんでした」
まるで手本のような淑女の礼をした彼女は、くるりと向きを変え、会場の外へと向かって歩き出した。
堂々としたその姿は、彼らの目にも焼き付いている。
これが、彼らが聖女ラティアーナを見た最後の姿でもあった。