「ごめんね、待った? 」
 いつも制服に身を包む同級生の私服を初めて見る。新鮮な気持ちだ。
 集合時間よりも15分遅れてその人は到着した。
 緊張しすぎてそわそわする。
 
 「私服初めて見た。かわいいじゃん」
 「え? 」
 簡単に放たれた言葉にさらに心臓が音を鳴らす。
 
 「じゃあ、いこっか」
 目的の場所をまだ知らされていなくて彼の誘導に従って道を歩く。
 いつもより厚底の靴を履いて、髪の毛のせっとに時間をかけて、今日この日を迎えた。
 クラスの男の子と並んだことがないから意外と身長差があってびっくりする。
 「最近学校どお? 」
 「いつもは誰と一緒にいるっけ」 
 「日高さんも行事こればいいのに」
 私が話さなくても会話が成立するように気を使ってくれるから無言の時間に襲われることなく会話が弾む。
 ちゃんとコミュニケーションを取れていることが嬉しかった。
 いい天気だし、今までの事が報われたのかな。なんて。
 嬉しい。楽しいよ。


****


 死にたい。
 もう嫌だ。
 外は大雨。
 履きなれない靴で足は血だらけ。雨でせっかくセットした髪の毛はむしろいつもよりぐちゃぐちゃだった。
 だーれも私の事なんか見てなかったんだ。
 今までのは都合のいい妄想だったのかな。
 なんであんなに浮かれてたんだっけ。
 てゆうかもう、ここどこ。
 このまま、死にたいよ。
 誰にも探されることなく、だれも私が居なくなったことなんかに気が付く事なく。

 奏だって一緒に決まってる。
 私を煙たがって最後は捨てるんだ。
 そうに決まってる。

 「わっ」

 いきなり鳴るクラクションに驚きバランスを崩す。
 目の前を大きなトラックが通り過ぎて行った。
 尾灯が私をあざ笑うように点滅する。
 トラックでさえも私を邪魔もの扱いするの。
 転んだせいで服もドロドロだ。

 もう、立ち上がれないよ。

 諦めて、目を閉じた時。
 名前を呼ばれた気がした。
 雨音と車が通る音で何も聞こえないはずなのに聞き覚えのある声が、私を呼んでいる気がする。
 
 「桜⁈ 」
 気弱そうなその人は今までにないくらい強く、私の腕をつかんだ。
 「何してるのこんなに濡れて。靴も血が滲んでるよ」
 やめてよもう。どうせ私を裏切るなら、これ以上期待させないで。
 「行こ。ここじゃ危ない」
 そう言って私を引く彼の手を思いっきり振り払った。
 それはもう思いっきり。
 驚く顔に胸が痛む。
 でもそんな顔してくれるのもどうせ今だけなんでしょ。

 「だれも、私のことなんて見てくれてなかったんだよ。奏もどうせ一緒だ」
 こんなに降ってる雨に負けない声が響き渡る。
 「今日誘ってくれた子、なんていったと思う? ”みんなお前のことなんて大嫌いだよ” ”お前の悪口が1番盛り上がる” ”ちょっと話しかけられるようになったからって調子乗って” ”お前みたいなのが何しようと価値がないことに変わりはない”ってさ。こんな写真見せてきてさ」
 その男子が見せてきた写真を奏にも見せる。
 「これ,,,,」
 「パパ活だよ。昔1回だけやったの。誰も私のこと見てくれないから。こうでもしないと私は必要とされなかったんだよ。これ、クラスの男子は皆持ってるって。もう終わりだよ。奏にこの気持ちが分かるわけない」
 
 さっきまで私の事を見て見ぬふりしていた通行人たちは「なんだなんだ喧嘩か? 」「カップルの喧嘩かなウケる」とクスクス笑う。
 どいつもこいつも。
 
 「さくら」
 「裏切るなら今にして」
 「桜」
 「もううんざりだって! 」
 「桜! 」
  
 いきなり発せられた大声にびくっとする。
 こんなふうに大きな声を出す奏、初めて見た。
 奏はそのまま私の腕を、自分に引き寄せた。
 これ以上、甘やかさないでほしいのに。
 辛いだけだよ。こんなの。

 「桜が死んだら僕が悲しい」

 こんな言葉、誰だっていうだけなら簡単だよ。
 でも
 その言葉を聞いて思った。
 思ってしまった。
 奏がいてくれたらそれでいい。
 何かを得て奏を失うくらいなら、すべてを捨てて奏といたい。
 雨が降って、心がすさんで、凄く寒いはずなのに暖かいと感じるのは
 奏の言葉が本心だから。

 

 「痛い? 」
 足にばんそうこうを貼る奏はさっきまでの強い奏じゃなくていつもの少し弱そうな奏。
 私達のいたところから家まで少し遠かったし電車はこんなにびちゃびちゃじゃ乗れないから近くのビジネスホテルに急遽一泊すことになった。
 「奏は帰らなくていいの? 」
 「帰らないよ。心配だし。このまま離れたら桜が居なくなっちゃいそうで怖い」
 そう言う奏に「ありがと」と小さくつぶやく。
 あまりにも急遽だったせいでとれたのは1人部屋。
 
 
 奏はごめんねと言うけど私はこれでよかった。
 「雨に濡れたからまだ寒い」
 とお風呂でよく温まったことに嘘をついて奏の胸に顔をうずめる。

 他に何も望まないから、私から奏を取らないで。

 そう思っていたのが伝わったのか

 「大丈夫だよ」
 
 と奏は優しく私を包んだ。
 大切にしよう。
 奏との残りの時間を。