ここはどこ?
真っ暗だ。
浮いてる感覚がある。
これは夢だ。
夢だと認識できるのに覚めることが出来ない。
不思議な感覚。
足元からフッと風が吹いて下を見下ろす。
見たことのある光景。
あぁ。あの時の記憶だ。
吸いこまれそうな地面にはたくさんの人が歩いていて皆豆粒みたいにちっちゃい。
立ってるのが怖くて、ゆっくり腰を降ろした。
フェンスにもたれかかって足を下に投げ出す。
おしりから伝わってくるコンクリートのひんやりとした感覚まであの日と一緒だ。
あの日、ここで死に損なったから奏に出会えた。
奏に出会って初めて死ななくてよかったと思えた。
奏に会いたい。
行かなきゃ。
夢の帳を、引き裂いた。
「,,,,かなで」
瞼が重い。口も上手に動かない。
鉛のような体を指先から少しずつ動かしてなんとか状態を起こす。
窓の外は真っ暗。
ここは、病院だ。通いなれた精神科。
ふと人の気配がして反対側を見る。
心がキュッとなるのを感じた。
会いたかった。
「奏」
隣で椅子に座り眠ってしまっている奏を揺する。
「ん,,,,」
と小さく声を出して小さく目を開いた。
「え、桜! 」
すぐに眠そうな奏はいなくなって病院だというのに大声を出す奏に「しー」というジェスチャーをする。
奏もすぐに「あっ」と自分で自分に「しー」と人差し指を口元に当てた。
「よかった~ 大丈夫? 」
「うん、大丈夫。何で奏がいるの? 」
1番の疑問は誰が奏にこのことを伝えたのかと言う事。
「今日病院だったでしょ? 診察終わって帰ろうとしたら受付の人がこそっと教えてくれたんだ」
なるほど。
本当によかったよと噛みしめる奏に、隠しておこうと思ったことを言ってもいいのか葛藤していた。
「桜? 」
そんな私を心配そうに見てくれる。
「言いたいこと、あるんじゃない? 」
その言葉に、少し泣いてしまいそうになる。
これ以上私を甘やかしたらダメだよ。
歯止め効かなくなっちゃう。
奏に甘えっぱなしになっちゃう。
そしたらあなたは私に嫌気がさしてどこかへ行ってしまうのかな。
最期の大事な時期を私と過ごしたことを後悔するのかな。
それはやだよ。
「死ぬときに後悔は残したくなんだ。我慢しないでよ」
私は多分この奏のまっすぐな目に弱い。
この目を向けられてしまったら抗うことが出来ない。
「私が死のうと思った理由、聞いてくれる? 」
奏が「もちろん」と言ったのを合図に私はしおりの挟まっている記憶のページを開いた。
****
奏は自分の事を何もできないって言うけどそれは私の方
私は皆と違うと気が付くのが遅かった
スポーツをやらせればどれもドベ
勉強をやらせれば理解に時間がかかり 皆を困らせた
歌を歌わせれば音痴で 皆を決まずい雰囲気にさせてきた
それになんとなく気が付いてきたのが中学2年生くらいの時
目立つことを避けようと思った
そしたら無害だから
確かに息をひそめるようになってからは誰からも煙たがられることなく過ごすことが出来た
それと同時に誰も私の事を見てくれなくなった
学校行事は私が参加すると迷惑をかけるので全部欠席した
歌のテストも欠席して先生と1対1でやるようにしていた
テストでは分からない問題を誰にも聞かずにテストを受けた
私は白い眼を向けられることを免れた代わりに孤独になった
1人は想像以上に苦しくて 消えたくなる
頑張っても褒めてくれる人はいない
掃除当番を変わるとかの面倒ごとを断ると悪目立ちするのでとりあえずできるお願いは全部「いいよ」といった
でも私は欲深くて 誰かに褒められたかった
褒められて 感謝されたくなってしまう
でも叶わない
私に頼み事を頼むだけ頼んだ人がたまたま黒板をきれいにしたら次の授業の先生にすごい褒められてた
え 私は? って
そんな自分も嫌になった
孤独で 欲望深くて 何もできない自分が嫌になった
死んでやろうと思ってビルの屋上まで走った
薄ら寒い秋の夜
死んだら悲しんでくれる人 いるかななんて最期まで頭の中はお花畑
フェンスを越えてビルのふちに立つ
下を見下ろした瞬間 最初に出てきた感情は
「怖い」
笑ってしまう
一端落ち着こうと思って腰を降ろした
私の下を沢山の点が動く
何色の上着を着ているかもわかないくらい豆粒
こんなところから落ちたら 死に損なったら
怖い どうしよう
そう思っていたら急に腕をつかまれて 驚いて振り返ったら警備員のおじさんが5人もいた
そのまま保護されたけど 死ぬことすらできなかったことが悔しくて自分が情けなくて
「死にたい 殺して」
と嘆く私を母はめんどくさがって精神科へ連れて行ったの
ここで何とかしてくれるなら金は出す
死にたいならここの人に頼んでどうにかしてもらいなさいって
精神科に行っても私の願いが叶わないことくらい母もわかってたと思う
多分本当に面倒くさかったんだろうね
私は孤独で 欲望深くて 何もできないに加えて 死ぬことすらもできない臆病者なの
私みたいなのが早く死ねばいいのにね
奏の命の代償を私が請け負いたいくらいだよ
こんな私に捕まったかわいそうな奏
最期に一緒に過ごすのが私でごめんね
****
言い終わって、どかに逃げ出したくなったけどそんな場所はないから布団をかぶせることしかできない。
隠れきらなかった頭を奏が撫でた。
なんで、こんな私を受け入れられるのか私には分からないよ。
どうしてこんなに優しいの?
「桜とはまだ1か月半くらいしか一緒にいないけど、一生懸命で、不器用で、優しい子だって分かるよ。話してくれてありがと」
またそうやって私を甘やかす。
「分かってないよ」
と拗ねたようにいう私にくすっと笑って眠りに落ちるまでずっとそばにいてくれた。