「これで問3は完璧だね」
今まで意味わかんなかったけどとりあえずこなしてただけの問題たちが「分かる」という感覚と共に解かれていく。
夏課題を初めて1週間。
奏は本当に毎日私の相手をしてくれた。
図書館とか、病院の自販機コーナーとか、フードコートとか。
嫌な顔1つせずに私の夏課題に一緒に取り組んでくれた。
さすがに病院の自販機コーナーはまずくない? と思ったけど奏と病院の人はかなり顔見知りらしく、むしろ遊びに来てくれてありがとう的な雰囲気だったし「あら、桜ちゃんもいらっしゃい」と私も意外と認知されていたことも知れた。
私の通っている高校は別にそんなに頭いい高校じゃない。勉強しろ勉強しろって学校じゃないから夏課題の量はそんなに多くないし難易度も多分さほど高くない。
それでも1週間でまさかここまで進むと思っていなくてびっくりした。
1番の影響は奏が教えるのが上手だという事。
なんもできないキャラどうした? と突っ込んでしまいたくなるほどには理解のしやすさが桁違いだった。
死ぬのやめて教師にでもなった方がいいんじゃない?
「今日さ、これ終わったら息抜きしようか」
奏からの提案。
このむせかえるような暑さの中、どうしても行きたい場所があったので奏のその提案に乗っかる。
「海行きたい」
夏っぽいことしたいなと漠然と思っていた時、SNSで海に行っている投稿をみて無性に行きたくなってしまった。
優しい奏は「いいね行こう」とわくわくした様子。
夏休みも終盤に差し掛かってるし、私も次いつ死にたくなるか分からない。
思い出作りにはちょうどいいんじゃない? そう言う思いで海に向かった。
私達の近所にある海は別に観光地とか海水浴場とかじゃないから人は少ない。
人に整備されることなく自由に行ったり来たりしているだけの波は、「常識」という縄で縛られているこの世界を見下しているよう。
この波に反抗したくて
「かくれんぼしよ」
と走り出した。鬼は奏。少し戸惑いを見せつつ律儀に私に背を向ける奏に見つからないよう岩陰に息をひそめた。
奏がキョロキョロと見渡しながらなんとなくこちらに近づいてくる。
多分足跡をたどってきたんだ。
このままだと捕まっちゃう。
少しだけ深いところに足をつけた。
その時だった。
一瞬、視界が暗くなって瞬きをする。
「あ」と声を漏らしたときにはもう遅くて
さっきまで穏やかだった波は、私の何が気に入らなかったのか
覆いかぶさってそのまま。
あ
死ぬかも
苦しい。
何がどうなっているのか全然分からない。
苦しい
くるしい
あぁほんとに、ヤバイ。
いいことないなぁ。
私は楽しいと思ったらダメな呪いにでもかかっているのだろうか。
奏より先に死ぬのなんか申し訳ないけど。
まあ死ねるなら何でもいいか。
遠のいていく意識の中でかすかに聞こえる声。
今までの私ならそれに聞こえないふりをして落ちていた。
でも、あまりにそれがしつこく、たくさん聞こえてくるもんだから「しょうがないな」と踏ん張った。
「桜! 」
うるさいよもう。
静かにしてよ。
言えない。
うっすらとにじんで見える奏の顔を見て、少し安心してしまったなんて。
「,,,,なかなか、死ねないね」
口を何とかパクパクさせていう。
しょっぱいよ。
そんな私の手を強く握って
「それが僕の使命だから」
と優しく強くいったこの言葉を私はわすれないと思う。