「遅くなりました」
昨日病院で初めて会った彼と今日は近所のカフェで待ち合わせ。
時間5分前。
私の方が家から近かったから少し早く着いただけなのに、まるで何時間も遅刻したように「すみません」と謝る。
「まだ集合時間でもないでしょ。何頼む? 」
私はこういう時なんといえばいいのか分からないタイプの人間だから不器用にメニュー表を開く事しかできなかった。
汗をぬぐいながら「何にしようかな~」という彼に今1番思ってることを言う。
「敬語、やだ。ため口の方が楽。私だけため口なの、変」
自分でもびっくりするほどのカタコト。
でも彼はそんなことに突っ込むこともなく「分かった」とほほ笑んだ。
なんか、いい人そうすぎて怖い。
こういう感じの人はもれなく皆裏があるから警戒心は溶けないまま、自己紹介タイムにはいった。
連絡先よりも先に自己紹介でしょと思うところだけど今日の為の業務連絡のためだけに交換したメッセージアプリのアカウント名から彼が”奏”ということは知っている。
「大橋奏。19歳の高校3年生」
歳を言われ「あっまずい」という言葉が浮かぶ。
年上かい。昨日思いっきり私の方からため口だったし、今も私からため口がいいとか言っちゃったよ。
こういうのって全部年上がやる奴だよね? 気まずい。非常に。
「日高桜。,,,,高校1年の16歳,,,,」
でも奏はそんなこと気にしてないみたいで桜か~と呑気に私の名前を復唱していた。
私も一応アカウント名を名前にしてるはずなんだけどな。
奏はいうほど人に興味が無いのかもしれない。
なんだか一歩間違えば「この人なら」なんて考えてしまいそうになる。
私の悪い癖。
この人なら私を見捨てないかもしれない。
この人なら私の事を大切にしてくれるかもしれない。
期待すればするほど、そうじゃなかった時の代償は大きい。
今目の前で優しく笑うこの人はいつまでもつかな。
「そうそう、守るって具体的に何をすればいいのかな」
ぼーっとしてたからなのか奏が私を覗き込むようにして聞いてくる。
試してみたくて、口走る。
「一緒にいるの。私と」
「いっしょ? 」
嫌な顔をしないからまた勘違いしてしまう。
それを悟られないように「どうせ死ぬまで暇でしょ」とまた不器用に言葉を並べる。
「学校ある日は迎えに行くとか? 」
その言葉にドキッとする。
「学校、行ってない」
私、不登校だもん。通い始めて3か月でダメになった。
学校側も親もたいして何も言ってこないし義務的に渡される課題だけ何とか出してしのいでる。そろそろ授業内容についていけなくなってきたけど。
さすがに引いたかなと思ったけど、奏は「そうだったんだ」というだけでいぜんニコニコしている。
「僕も高校行ってないよ。2年まで通ってたけどどうせ死ぬのにお金もったいないなって」
甘いな。同じじゃないよ。
そう思ったけど、言わない。
「夏休みの課題が、終わらないんだよね」
「あるの? 」
「うん。一応ってプリントだけ渡されたけど授業受けてないから限界きて終わりそうにない」
「僕でよかったら教えるよ。一緒にやろうよ」
”一緒に”
この言葉だけ浮いて、宙に漂う。
「やった方がいいよ」でもなく「やらなくていいんだよ」でもなく「一緒にやろう」
これが嬉しかった。
「やってくれるの? 」
「もちろん」
「一緒に? 」
「うん、一緒に」
嬉しい。
少し頬が緩むのを感じた。
昨日初めて会ったのに。
こんなのおかしいのに。
嬉しかった。