早朝、2人で散歩する。
一緒に年を越し、そのままお互い寝付けずにずるずるとこんな時間になってしまった。
まだあたりは薄暗い。
いつもと変わらない何気ない会話。
いつもと変わらないのは表面だけで
この時間を、もう一生やってこないこの時間を2人とも噛みしめていた。
言い残したことはないかな。
もう悔いはないかな。
叶えるなら今のうちだよ。
お互い両親に大切にされていないことが功を期した。
最期まで一緒に居れる。
それでも時間は刻一刻と迫っていて、ついに病院に向かわなければならない時間になった。
今日は大手術のため病院は閉館。
奏と奏の家族の為だけにかしきりになる。
そこに無理を言って私も入れてもらうことにした。
奏の家族と初めての対面。
ドアの向こうから歩いてくるその人たちは私達のことが見えていない様だった。
「お兄ちゃん、頑張ってね。お母さん応援してるから」
これが奏のお兄ちゃん。
奏に似て気弱そう。
病気のことも相まってか奏より弱そうに見えた。
母親のエールを半分聞き流し、奏のもとへ近づいてくる。
「奏、本当にいいのか? 」
その言葉に母親は「いまさら嫌だなんてやめてちょうだいよ」と奏に怒鳴った。
ここまで兄弟愛に差があると笑ってしまう。
同じ命のはずなのに。
奏にだって未来を生きる資格があるのに。
「本当にいいんですか」
奏よりも先に口が動いてしまった。
私の悪い癖がここでも出る。
「奏だって家族ですよね。奏の声を聞いたことがあるんですか。奏は家族のことが大好きで,,,,」
「桜」
強く、低く響き渡る。
「なんなのこの失礼な子は。うちの問題に口出してこないでちょうだい」
そう言うと奏の母親は私をつまみだそうとした。
嫌だ。最期がこんなの。
「お母さん、桜には最期まで見守っててほしいんだ。お願い」
最期の息子からの頼みとなるとさすがのこの母親でも無視はできない。
納得いかないという感じではあるが何とか腕を放してくれた。
「桜、聞いてほしいことがあるんだ。最期に、聞いてくれる? 」
コクコクと頷き、奏の言葉を1つも聞きもらさないようにまっすぐ見つめる。
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約半年間 本当にありがとう
僕はこの半年間が人生のどの瞬間よりも楽しくて 輝いていた
桜に出会えて僕は幸せだ
桜が僕に生きる意味と価値を教えてくれたんだ
本当は 死にたくない
もっともっと桜と生きていたい
桜の事が心から大切なんだ
でも それと同じくらい僕にとって兄さんは 家族は大切な存在なんだ
幸せになってほしいと思ってる
僕の想いは 桜にたくしたよ
だから
この命は兄さんに
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溢れる涙が止まらない。
まだ願ってしまう。
奏が生きるという選択をしてくれることを。
でも
「それが奏の選んだ道なんだね」
「うん」
あぁ 奏との時間が終わってしまう。
覚悟を、決めなきゃ。
大好きな人が、選んだ幸せ。
応援しなくちゃ。
せめて私の事は心配しなくてもいいように。
「分かった。約束する。絶対、幸せになるからね」
「うん、約束」
「奏の分も生きるからね」
「ありがと。ずっと見守ってるから」
「見守っててよ。約束なんだからね」
「うん。約束だ」
「かなで」
「ん? 」
「大好きだからね」
「僕も。桜が大好き。桜と出会えて僕は幸せだ」
これから先、この涙を拭ってくれるのは奏じゃなくなる。
奏の涙も拭えなくなる。
だから最期に。
大丈夫。一緒に居るからね。
奏のブレスレットを強く包んで願いを込めた。
どうか来世も奏と出会えますように。
行ってらっしゃい
奏はとてもまっすぐに 未来を見て。やり残したことはないと 私達に背を向けた。
大橋奏。 1月1日 永眠。