「延命譲渡法」
自分の残りの命を人に渡すことができる
これは5年前に新しくできた法律。
基本は死刑囚に使われるものだけど条件を満たせばこれが一般人につかえることもある。
その条件は「本人の許可が得られること」
そんな簡単な事で命を人に渡すことが出来てしまうくらい、今の世界は切羽詰まっていた。
若く、まだ可能性のある犯罪者をみすみす殺してはもったいない。とでも思っているのだろうか。
犯罪者の命で生きながらえた人は果たしてそれでいいのかな。
新しくできた法律には批判の声も多いが、政府は止まることを知らない少子高齢化に目がくらんでそんな考えは見えていないも同然だった。
記者会見をみても「今の世の中に必要な事ですから」この一点張り。
5年たった今日もテレビではこの「延命譲渡法」が取り上げられている。
病院の待合室でテレビを眺める。
音が小さすぎて少し遅れてくる字幕を読むしかない。
Wi-Fiのないここで暇をつぶせることなんて本を持ってくるか、字幕を読むかの2択だろう。
ギガ使い放題の人いいな~。
「桜さーん。日高桜さーん」
呼ばれた自分の名前に返事はしない。
そのままカバンを持って会計を済ませた。
「次のご予約は,,,,。されてますね。お待ちしています。お大事になさってください」
もう何気に何度も顔を合わせているのにお互い他人行儀な受付のお姉さんから保険証を受け取って出口に向かう。
うわ,,,,。今外に出たら溶けるわ。
自動扉が開いた瞬間の熱気に、帰る気力が一気にうせた。
くるりと外に背を向け、自販機コーナーに向かった。
ここは院内で唯一飲み食いできるところで、新聞を広げたまま爆睡しているおじいさんとかが平気でいるような場所。
お財布から130円取り出し、350mlのジュースを手に取る。
少し汗をかいているそのジュースは私の手からじんわりと熱を吸い取っていった。
テーブルに座り、一息。
今日の診断は「最近調子どお?」「こんな変化はなかった?」「あんなことは起きなかった?」と話しをしただけ。
お腹もしもしもお口あーんもしない。
ここは精神科。
なんで私が精神科なんかに通っているのかというと、
「あっすみません」
1人で過去の記憶をなぞっている途中で、バサっという音と共に視界の端で紙がばらまかれるのが見えた。
これを見て見ぬふりをするのはさすがに気がひけるので気づかれないくらいの小さなため息をついてあくまで椅子からおしりを離さずに手を伸ばして紙を集める。
その紙に書いてある文字を見てバッと顔を上げたことに向こうも気が付いたみたいで、少し決まずそうにこちらを見上げた。
色が白くて気弱そう。ストレートの黒髪が風に吹かれて目元から少しなびく。
そんな彼がこんな決断を。
<延命譲渡法 許可証明>
色んな意味で何かと話題な延命譲渡法。
こんなのにサインするお人よし、この世に存在するのかと思っていただけに「なんで」という感情が抑えられなかった。
「なんで、許可するんですか」
気弱そうな彼の顔が寂しそうに少し溶ける。
また、やってしまった。
私は無自覚に人を傷つける。
気づくのはいつもその人の顔を見た後。
それでも彼はやっぱり気弱で、顔が溶けたことを良いことにそのまま笑顔に変えた。
「見えちゃいましたか。いや~少し恥ずかしいですね」
紙をトントンと整え「座ってもいいですか? 」と私の向かいを指さす。
「どうぞ」
小さく私が答えるまで腰を下ろす素振りすら見せない。
こういうのって断られない前提で動く人が多いから少しばかりの違和感を覚えたんだと気が付いたのは彼が座って3秒沈黙したとき。
「兄がいるんです」
律儀に、視線は落したまま、でも顔は少し微笑んで。
「兄は凄く優秀で。もう嫉妬すらもわかないくらい。優秀で。親もそんな兄に期待していました。今ももちろんしてるんですけど」
なんか、炎上を恐れてるインフルエンサーみたいに1つ1つの言葉を慎重にしゃべる。
「そんな兄が3年前、余命宣告を受けまして、重い病気で。僕は悲しかった。優秀で優しい兄が大好きでしたから。親は僕以上に悲しみました。兄が死んでしまったら子供は僕だけになってしまう。優秀な兄が居なくなってしまうって毎日毎日泣いていました」
そこまで聞いてオチがなんとなく予想が付いた。
愛されていないんだ。この人。
「僕は何もできないので。自分でも笑っちゃうことがありますよ。何をやらせても凡人以下。兄に勝つどころかクラスでも何やってもドベ、みたいな。兄の余命宣告を受けて1か月後、さんざん泣き散らした母に紙切れを渡されたんです。僕には1滴の涙も流さず、兄に余命をあげなさいって」
ほら。それで気が弱いから嫌だとは言えなかったパターンで、まだ死にたくない的な?
「僕は喜んで受け入れました」
は? 喜んで? 自分の命捧げるってどういう意味か分かってるの?この人。
死ぬんだよ。
私の疑問とは正反対の笑顔を見せて彼は続けた。
「死んで役に立てるなら、喜んで死にます。大好きな兄がそれで生きながらえる。親も笑顔になる。僕が命を渡せば皆が幸せになるんです」
頭おかしいと思った。
けど。
死にたがりは、私も一緒か。
「今日は余命譲渡の半年前検診でした」
「余命半年? 」
「そういうことになりますね」
そこで初めて彼とちゃんと目が合った。
気弱と判断した私は間違っていたかもしれない。
彼の眼はまっすぐだった。
「やり残したこととか、無いの? 」
私の質問に「やり残したことか~」と顎に手を当てる。
やり残したこと。
だいたいあの芸能人にあってみたかったとかそんな感じのことが相場だけど彼はまた少し恥ずかしそうに笑って
「人生で1度は命に代えても守りたいと思う人に出会いたかったですね」
といった。
家族の事、命に代えて守ってるじゃんと思ったけど
「昔テレビでみたヒーローに憧れてて」
と頬をポリポリかく彼に少し興味がわいた。
「じゃあ」
口が開く。
また、思ったことをそのまま口に出そうとしてるな。自分にそう思いながら続きを言う。
「私の事を命に代えてまもってよ」
今まで線みたいな目をしていた彼がビー玉のような目をしてこちらを見る
「私、すぐ死のうとするよ」