海の見えるチャペルで、結婚式を挙げた。
美海は少し体力が落ちていて、式の途中で休憩を挟んだりもしたけれど、最後までやりきった。
互いの両親と、俺と美海の六人だけの結婚式。とてもこじんまりとした式だったと思う。それでも一秒たりとも無駄にしたくなくて、美海のウェディングドレス姿を目に焼き付けた。
披露宴ではカラードレスを二着。大人っぽいブルーのドレスと、かわいい淡いピンクのドレス。
着替えて、写真を撮って、豪華な食事を楽しんで。美海から両親に宛てた手紙では、みんなが泣いていた。美海が、楽しそうに未来を語るから。誰よりも幸せそうに笑うから。涙が止まらなかった。
育ててくれてありがとう。大変なときもたくさんあったのに、いつもそばにいてくれてありがとう。私に世界一幸せな時間をプレゼントしてくれてありがとう。これからは凪斗さんと一緒に、元気で楽しく、あたたかな家庭を築いていきます。どうか私の幸せを、見守っていてください。
そんな言葉で締めくくり、二人で準備した贈り物を渡した。泣きながら崩れ落ちてしまった両親に、美海が優しく笑いかける。その笑顔が、見たことのないくらいきれいで、俺は息を飲んだ。
写真も動画もたくさん撮った。
カメラのフィルターを通して、美海のとびっきりの笑顔が記録されていく。俺も必死で笑った。せっかく美海が笑っているのに、俺だけ泣いているなんて、もったいない。どうせなら全部幸せな写真にしたかった。
結婚式と披露宴を終えて、控え室に戻る途中、美海が立ち止まった。すっかり疲れてしまったのか、息切れもしているし、冷や汗もかいている。メイクの上からでも分かるくらいに顔色が悪かった。
家族に心配をかけたくなかったのだろう。それから、俺と同じように、幸せな瞬間だけを残したかったのかもしれない。
「アテンドさん、すみません。ちょっと限界みたいなので……」
「すぐに車椅子をお持ちします」
「いえ、お姫様抱っこで行ってもいいですか?」
美海が疲れてしまったときのために、車椅子を準備してくれていたのは知っている。でもせっかくなら、ドレスを脱ぐそのときまで、美海には幸せな気分を味わってもらいたかった。
「大丈夫ですよ。撮影でお姫様抱っこをされる方も多いですし。ドレスがふんわりしているので分かりにくいと思いますが、この辺りを支えていただければ」
付き添いの担当の人が、手慣れた様子で説明してくれる。美海は戸惑いながら、どこか期待のこもった目を俺に向けてきた。
「お姫様抱っこ?」
「ほら、やりたいことリストにあったじゃん」
「えええ、本当に? 大丈夫?」
筋肉質な体型ではないが、それでも喘息に負けないため、少しずつ身体を鍛えてきた。それに美海は小柄で細身なので、ドレスの重みがあったとしても、いける、はずだ。
少しだけ緊張しながら、床に膝をつく。
「失礼します、お姫様」
「えっ、きゃ!」
キザな言葉と共に、美海を抱き上げる。思っていたよりもずっと軽くて、これなら問題なく歩けそうだ。
それが病魔に蝕まれているせいだと分かっているから、何も言わない。
ただ頰を赤くして落ちないように必死にしがみつく美海がかわいくて、そのほっぺたにキスをした。
カメラマンがすかさずシャッターを切って、「素敵ですよ! もう一枚いきましょうか!」と盛り上げてくれる。
最初は恥ずかしがっていた美海にも、徐々に笑顔が戻ってきた。
「あっ、なぎちゃん……! ここからでも海が見えるよ……!」
「せっかくなので海をバックに撮りましょうか。旦那様の腕がまだ大丈夫なら!」
「まだいけます!」
美海を抱き直して、元気に答える。
頼りになる旦那様ですね、とカメラマンに言われ、俺は照れてしまう。でも「そうなんです! 自慢の旦那様です!」と言って美海がとびっきりの笑顔を見せてくれたので、それだけで満足だった。