その日、俺が八雲美海の口から聞かされたのは、衝撃の一言だった。
「か、彼氏ができた!?」
「うんっ! 最近入ってきた男の子分かる? 村上くん!」
「いや知らねえよ、誰だよ……」
「サッカーの練習試合で足の骨が折れちゃったんだって、大変だよねぇ」
支えてあげたいって思っちゃう、というのは本当に俺の知っている美海だろうか。
わがままでマイペース、でもいつも楽しそうで周りを笑顔にしてしまう、そんな彼女が。
六歳の頃、初恋を奪われてから早十年。
美海より背が伸びたら。病気がよくなったら。美海を守れるようになったら。
そんな風に告白を先延ばしにしていたら、この有様だ。
そこでようやく少し冷静さを取り戻して、最近病院にやってきたという村上くんとやらの存在を思い出した。車椅子で移動していたけれど、見慣れた車椅子がやけに小さく見えたので、きっとガタイがいいのだろう。右足が包帯でぐるぐる巻きになっていたのが印象的で、正直どんな顔立ちだったかまでは思い出せなかった。
「なぎちゃんも明日、一緒に病室に行く? お友達になれるかも」
「なれねえよ! どう考えても無理!」
「なんでよぉ。お友達欲しいって言ってたくせに!」
そりゃあ友達は欲しい。
学校は休むことが多い上に人見知り。友達と呼べる存在は、美海だけだ。
同じように病院で生活していても、美海は持ち前の人懐っこさと明るさで、すぐに友達を作ってしまう。
この病院に入院する患者は、幼い子どもから老人まで、みんな美海の知り合いだ。最初は馴れ馴れしく話しかけるなと怒鳴っていた爺さんも、美海ちゃんは今日は来ないのかい? と看護師さんに訴えるほどだと言う。
全く心を開いていなかった一つ年下の男の子も、三年かけて仲良くなり、今ではプロポーズをされるまでの仲になったらしい。いや、ぶっ飛びすぎだろ、なんでだよ。
とにかく、美海の交友関係はとても広く、誰とでも仲良くなれる彼女を羨ましく思ったこともある。でも今はそれ以上に、厄介だと思う。
十六歳。美海は年のわりに小柄だが、女性らしく成長した。ころころかわる表情とあどけない笑顔。でもときおり見せる憂いを帯びた表情が、ひどく大人びている。
「そいつ、……彼氏、美海のことどこまで知ってるの」
「えー? どこまでって…………」
真面目な顔で問いかけると、美海は眉を下げる。前髪が短いから、困ったように八の字を描く眉が丸見えだ。
美海は口をとがらせ、ちょっとは話したよ、と呟く。
「ちょっとってどのくらい?」
「……とある病気で? 今ちょびっとだけ入院してますよー、みたいな?」
「ほぼ話してねえじゃん! はい無理! 一週間ともたないね!!」
えー、分かんないじゃん、と美海が笑う。あまりに楽観的すぎて、こちらは笑えない。
どうしてそんな隠し事をしてまで彼氏が欲しいのか、とは訊かない。きっと美海は、自分と同い年の女の子達と同じように、普通の青春を送りたいだけなのだから。
「なぎちゃんにもかわいい彼女ができるといいねぇ」
人の気も知らずに、ほわほわとやわらかい笑みを浮かべる美海に、苛立ちを覚えた。
どんなにかわいくても、どんなにいい子でも、ダメなんだよ。美海じゃなきゃ、ダメなのに。
そんな大切な言葉を飲み込んで、今日も俺は美海をこづいて誤魔化す。痛いなぁ、と笑いながら、俺の服の裾を掴む美海。彼氏持ちになったとは思えないくらい無防備で、今日も俺の心を簡単にくすぐる。
そういうところがたまらなく好きだと、心の中だけで呟いた。
「か、彼氏ができた!?」
「うんっ! 最近入ってきた男の子分かる? 村上くん!」
「いや知らねえよ、誰だよ……」
「サッカーの練習試合で足の骨が折れちゃったんだって、大変だよねぇ」
支えてあげたいって思っちゃう、というのは本当に俺の知っている美海だろうか。
わがままでマイペース、でもいつも楽しそうで周りを笑顔にしてしまう、そんな彼女が。
六歳の頃、初恋を奪われてから早十年。
美海より背が伸びたら。病気がよくなったら。美海を守れるようになったら。
そんな風に告白を先延ばしにしていたら、この有様だ。
そこでようやく少し冷静さを取り戻して、最近病院にやってきたという村上くんとやらの存在を思い出した。車椅子で移動していたけれど、見慣れた車椅子がやけに小さく見えたので、きっとガタイがいいのだろう。右足が包帯でぐるぐる巻きになっていたのが印象的で、正直どんな顔立ちだったかまでは思い出せなかった。
「なぎちゃんも明日、一緒に病室に行く? お友達になれるかも」
「なれねえよ! どう考えても無理!」
「なんでよぉ。お友達欲しいって言ってたくせに!」
そりゃあ友達は欲しい。
学校は休むことが多い上に人見知り。友達と呼べる存在は、美海だけだ。
同じように病院で生活していても、美海は持ち前の人懐っこさと明るさで、すぐに友達を作ってしまう。
この病院に入院する患者は、幼い子どもから老人まで、みんな美海の知り合いだ。最初は馴れ馴れしく話しかけるなと怒鳴っていた爺さんも、美海ちゃんは今日は来ないのかい? と看護師さんに訴えるほどだと言う。
全く心を開いていなかった一つ年下の男の子も、三年かけて仲良くなり、今ではプロポーズをされるまでの仲になったらしい。いや、ぶっ飛びすぎだろ、なんでだよ。
とにかく、美海の交友関係はとても広く、誰とでも仲良くなれる彼女を羨ましく思ったこともある。でも今はそれ以上に、厄介だと思う。
十六歳。美海は年のわりに小柄だが、女性らしく成長した。ころころかわる表情とあどけない笑顔。でもときおり見せる憂いを帯びた表情が、ひどく大人びている。
「そいつ、……彼氏、美海のことどこまで知ってるの」
「えー? どこまでって…………」
真面目な顔で問いかけると、美海は眉を下げる。前髪が短いから、困ったように八の字を描く眉が丸見えだ。
美海は口をとがらせ、ちょっとは話したよ、と呟く。
「ちょっとってどのくらい?」
「……とある病気で? 今ちょびっとだけ入院してますよー、みたいな?」
「ほぼ話してねえじゃん! はい無理! 一週間ともたないね!!」
えー、分かんないじゃん、と美海が笑う。あまりに楽観的すぎて、こちらは笑えない。
どうしてそんな隠し事をしてまで彼氏が欲しいのか、とは訊かない。きっと美海は、自分と同い年の女の子達と同じように、普通の青春を送りたいだけなのだから。
「なぎちゃんにもかわいい彼女ができるといいねぇ」
人の気も知らずに、ほわほわとやわらかい笑みを浮かべる美海に、苛立ちを覚えた。
どんなにかわいくても、どんなにいい子でも、ダメなんだよ。美海じゃなきゃ、ダメなのに。
そんな大切な言葉を飲み込んで、今日も俺は美海をこづいて誤魔化す。痛いなぁ、と笑いながら、俺の服の裾を掴む美海。彼氏持ちになったとは思えないくらい無防備で、今日も俺の心を簡単にくすぐる。
そういうところがたまらなく好きだと、心の中だけで呟いた。