その翌日のこと。
 杏莉さんの容態が急変した。
 必死になって杏莉さんを救おうと努める僕たちをよそに、杏莉さんはとても静かに眠っている。
 まるで、
「いい気分なんだから、起こさないでちょうだい」
 とでも言いたげに。
「あのね、私が死ぬまであと三日間なの」
 はじめは荒唐無稽と思われた杏莉さんの言葉が、今では予言のように胸に響く。
 だけど、旅立つのはまだ早いですよ、杏莉さん。
 この三日間は僕といっしょにいたいって言ってくれたじゃないですか。
 約束どおり、あなたのそばにいますから。
 だから――。

「こんばんは、先生」
 夜更けに病室に様子を見に行くと、寝ていたはずの杏莉さんがベッドに腰かけていた。
 心配していたこちらが拍子抜けするくらい、すっきりとした顔をしている。
 けれども、その様子は決して安堵できるものではなかった。
 彼女の背中には、天使を思わせるような大きくて白い翼が広がっていたからだ。
 やっぱり、そうか。
 杏莉さんといっしょにいる間、気のせいだ、気のせいだと目をそらしていたけれど、いよいよ現実を突きつけられてしまった。
「出発のときが来たんですね」
 杏莉さんは優しく目を細めて、
「私のワガママを聞いてくれてありがとう。先生といっしょにいた間、とっても幸せだったわ。私、すっかり忘れんぼうになっちゃったけど、先生のことは絶対に忘れないから」
 と、ささやいた。
「僕も、杏莉さんのこと忘れません」
 すごく真面目に言ったつもりだったのに、なぜか杏莉さんはケタケタと声を立てて笑いながら、
「ダメよ、私のことなんか忘れなきゃ。言ったでしょう? 先生には未来があるんだから。先生はすごくいいお医者さんになるわ。そして、ステキな彼女ができて、あたたかい家庭に恵まれるの」
「そんなにトントン拍子にいくでしょうか」
「安心して。私が空から応援してるから。ソフトクリーム片手に雲の上に寝そべって、鼻歌を口ずさみながら、大好きな先生のことを見守ってるわ」
 そうにこやかにほほえむ杏莉さんは、まるで病気なんてふっ飛んでしまったみたいに元気で明るく、そして愛らしい十六歳の女の子だった。
 やがて、長い暗闇が終わり、空が淡いピンク色に染まりはじめた明け方。
 翼が大きくはためく音がして、杏莉さんは天国へと旅立った。