幸いにも、病院に戻った杏莉さんの容態は安定していた。
「無理しちゃダメですよ。休けいしようって言ったでしょう?」
「だって、私もどうしても先生にプレゼントあげたかったの。いけなかった?」
「その気持ちはありがたいですけど、疲れて元気のなくなった杏莉さんなんて見たくないです」
 杏莉さんはペロッと舌を出して、
「シーグラス探し、すっごく楽しかったわ。まるで小さな子どもの頃に戻ったみたいに夢中になって、時間が経つのも忘れちゃったの。浜辺でこんなキレイなものが見つかるのね」
 と、僕があげたシーグラスをいとおしそうに見つめた。
「あれはやっぱり本当なのね――」
「え?」
「先生、聞いたことない? 人生の終わりに近づくとね、人はどんどん子どもの頃に戻っていくんですって。最後には赤ちゃんみたいにまっさらな心に変わるのだそうよ」
 そう話す杏莉さんの背中にふわっ、と白い光がきらめいた。
 まさか、あれは。
「杏莉さん。明日は、病室でゆっくり休まれたほうがよさそうですね」
 胸に広がる動揺を抑えつつ、そう提案したけれど、杏莉さんは深刻そうにあごに手をやって、
「そういうわけにもいかないの。明日は出かける準備をしなくちゃ」
 出かける?
「いったいどこへ?」
 杏莉さんは少しの沈黙のあと、
「どうしても行かなくちゃいけないの。私ひとりでしか行けないのよ」
 と、僕に告げた。