「わぁーっ!」
着いた瞬間、杏莉さんは子どものような歓声をあげた。
目の前には大きくてカラフルな回るティーカップ。
ジェットコースターの走る轟音。
ゆったりとしたテンポで動く、クラシカルなメリーゴーランド。
屋台で売られているキャラメルポップコーンの甘い香りが、かすかに鼻先をかすめる。
杏莉さんにとって、いくつになっても遊園地は魅力的な場所に映るようだ。
「ステキね! 遊園地なんて来たの何年ぶりかなぁ。どこから回ろうかしら。もうワクワクしちゃう!」
キラキラと目を輝かせる杏莉さん。
「僕はにぎやかな場所って、ちょっぴり苦手なんですけどね」
人ごみの中にいると、どうにも疲れちゃって。
「やーだ、先生ったら。まだ来たばっかりなのに。今日は思いっきり楽しみましょうよ。そうだ! ふたりでジェットコースターに乗らない?」
杏莉さんの無邪気な提案に、全身から血の気がひく。
「冗談言わないでください! 杏莉さんの心臓に負担がかかったらどうするんですかっ」
慌てふためく僕に対し、杏莉さんはクスクス笑って。
「言ってみただけじゃな~い。それとも、先生ああいう乗り物キライなの?」
「絶叫マシンなんてあんなおっかないもの、乗るだけ時間のムダです」
きっぱりとそう告げると、
「そう? 人生のうちに、スリルのひとつやふたつ、あったほうが面白くない?」
と、杏莉さんは上目遣いで僕を見つめた。
「僕には平穏な人生のほうが向いてるんです」
真剣に言い返したものの、杏莉さんには大爆笑されてしまった。
持病があるうえ、車いすの杏莉さんはほとんどのアトラクションに乗れなかった。
けれども、
「ふふふ、家族連れやカップルがたっくさん!」
にぎやかな園内を散歩したり、
「見て見て、みんなコロッコロ。ふわふわだわ~」
園内にあるミニ牧場のうさぎやモルモットに餌をあげるだけでも、十分楽しんでいるようだった。
「あっ、あそこにアイスクリームが売ってる! 先生、いっしょに食べましょうよ」
ほら、ほらとうれしそうに杏莉さんが屋台を指さした。
いろいろなアイスが並ぶなか、ソフトクリームを注文することにした。
杏莉さんがバニラで、僕が抹茶。
近くのオープンテラスに腰かけて食べることにした。
「先生ってホントに渋い好みよね」
と、ここでも杏莉さんに突っこまれる。
「甘さの中にほのかな苦みがあるのが好きなんです」
「私は昔からバニラがいちばんよ。このふわっとしたミルクの甘さが最高ね。ほら、先生ひとくちどう?」
杏莉さんがにこやかにバニラソフトを差し出す。
「僕は牛乳が得意じゃなくて。杏莉さんこそ、いかがです? まだ口をつけてませんから」
僕もマネして抹茶ソフトを差し出してみると、にわかに杏莉さんの顔がくもった。
「抹茶は苦手よ。舌にピリッと苦みが残った感じがするのが好きじゃないの。先生、そんなのよく食べられるわね」
「そういえば、同級生にも言われてました。バニラでもチョコでもなく抹茶かよって」
若者が抹茶ソフト食べたらダメなんて法律、どこにもないのに。
気温はこの時期にしてはやや高めのため、アイスがいちだんとおいしく感じる。
くっきりとした青空が広がり、さわやかな風がテラスに吹いている。
まるで、春を通り越して初夏のようだ。
「こうしていると、大好きな映画を思い出すわ」
杏莉さんがバニラソフト片手につぶやく。
「映画?」
「そう、『ローマの休日』。先生、観たことある?」
「名前だけは知ってますが――」
と、頭をかくと、杏莉さんは不満そうに口をとがらせた。
「えー、あんな名作を知らないなんてもったいない! 人生、損してるわ」
「すみません……」
杏莉さんの映画好きにはかなわない。タジタジになっている僕に、
「『ローマの休日』って、とってもステキなラブストーリーなのよ」
と、杏莉さんはうれしそうに語った。
「とある国の王女さまが、身分を隠してローマの町に飛び出すの。そこで出会った新聞記者の青年と一日かぎりのデートをするのよ。広場でアイスクリームを食べたり、オープンテラスでお茶を飲んだり。スクーターを二人乗りして町中を走り回ったりするの」
杏莉さんはバニラソフトをパクッと口にしたあと、
「私も車いすじゃなくて、スクーターに乗れたならよかったのに。きっと楽しいわ。先生を後ろに乗せてツーリングしたかったな」
と、少し残念そうにほほえんだ。