冬の寒さも和らぎ、しだいに春の足音が聞こえてきだしたある朝のこと。
「どうしよう、困っちゃったわ」
 いつものように病室に行くと、杏莉(あんり)さんが小さなため息をついた。
「どうしました?」
「あっ、古代(こしろ)先生。聞いてほしいことがあるの」
「なんですか?」
 杏莉さんはお人形みたいに曇りのない、キラリとしたガラス玉のような目を見開いて。
「あのね、私が死ぬまであと三日間なの。せっかく十六歳になったのに」

「そんな診断は出てませんよ。主治医の先生だってそう言っていらしたでしょう」
 けれども、杏莉さんは真っ白いほおをブーッとふくらませて、
「自分のことは自分がいちばんよく分かってるの! あーあ、十六歳になったばっかりなのに、残りの人生があと三日しかないなんて。こんな小さな病室でじっとしてるなんて、私がかわいそう。そう思わない?」
 と、ピンクの花や華やかなレースのカーテンで彩られた病室を恨めしく見まわした。
 持病のため、ずっと前から入院していた彼女だが、最近特にワガママになったようだ。
「こんな殺風景な病室なんてイヤ。もっとかわいくして」
 と、看護師に模様替えを頼んでは飽きて、また頼んでは飽きるのくり返し。
シンプルだった病室のベッドは、今ではぬいぐるみだらけになった。
「病院食なんておいしくない。甘い物のない人生なんて、死んだも同然よ。生きてる甲斐がないわ」
 と、ダダをこねて、ひんぱんに家族にお菓子や果物を持って来させる始末。
 いつしか彼女は、主治医からもまわりの看護師からもこう呼ばれるようになった。
「まったく、あの人はとんだお姫さまだ」
 小さな病室をお城のごとくきらびやかに飾り立て、優雅に毎日を過ごす杏莉さんに、まさにふさわしい呼び名だった。