ーーー 翌日。言の葉部の部室には、いつも通りの日常が広がっていた。

「部長さんよ。昨日は、お楽しみだったかい? 」

「お楽しみだったといえば、お楽しみだったけど。尚のピンク脳内のソレと、僕のコレを、一緒にして欲しくないな。シチューとご飯。みたいな感じ」

「なるほど。とても分かりやすい例えだ。やはり、部長にぴったりだ」

そんな洸と尚人の会話を隣で聞いていた神影が、資料を読む手を止めて、異形の怪物を見たかのように、驚愕した表情で二人に顔を向ける。

「あ、あなたたち………。もしかして、シチューに、ご飯は合わないと? そう、言いたいわけ? 」

洸と尚人は、互いに顔を見合わせて、おずおずと頷いてみせる。

「はぁ~。分かってない。分かってない!! あのクリーミーさ、ミルクと、チーズ。あの纏う優しさが、ほのかな甘みのある白米とマッチして、幸せと書いて、最幸なんじゃない!!」

そんないつも冷静沈着な優等生の力説に、しどろもどろな二人。

「いや、まぁ。パンとか、浸して食べたりするけど、俺は、あんまり米は………」

「じゃあなに? リゾットとか、ピザライスとか、ドリアとか、ああいうのは許容できて、シチューライスは駄目と? 」

「そう言われると、そうなんだけど。なんだろうな? 味とかじゃないんよ。その、行為というか、その組み合わせ自体に、違和感を覚えちゃうのよ」

「なんで? 具体的に、それでいて簡易的に、論破してもらえます? はい、どうぞ? 」

「怖い! 怖いって!! どうにかしろよ、洸!」

その尚人のこぼれ球に、洸はあっけらかんとした様子で答える。

「そんなに熱量があるのなら、神影、それを題材に、コンテストに挑めばいいんじゃないかな? 」

「なるほど! 流石、部長ね! 名案! 」

「いや! ないだろ!」

そんな、破裂音のような尚人のツッコミが炸裂したところに、ガラッとドアの開かれる音が部室に流れる。

「ねぇ。廊下までまる聞こえなんだけど、ここ、お料理研究部とかじゃないわよね? 」

そして、開け放たれた入り口から、スレンダーなシルエットが入室してくる。

その人物の登場に、尚人と神影は、目を丸くして固まる。一方の洸だけは、待ってましたと言わんばかりに、パアっと笑みを浮かべた。

「何よ? 絶滅危惧種を見たような顔をして? 」

「あながち、間違いじゃないかも………」

奇妙な視線を受けて、居心地悪そうに入室してきたのは、咲耶だった。

そんな咲耶の気の効いたリアクションにも、驚きのあまり、空返事のように返答してしまう尚人。

神影に関しては、口をあんぐりと開け、情けない顔で呆然としている。

「あぁ!咲耶! 待ってたよ、じゃあここに………」

長机に廊下側から、神影、尚人、洸の順に陣取った、窓際ひとつ空いた席に咲耶わ誘導しようと、椅子を引く洸。

しかし、そんな誘導をスルリと交わすと、洸の位置から左斜め後ろの、窓と平行に設置されていた、全教室に備えられた、生徒用の椅子に座る。

絶妙な距離感と、自分の隣に座る事への抵抗に、弱々しく笑みを浮かべた洸は、体に重りをつけたかのように、ゆっくりと着席する。

「あ! そうそう。これ、この資料。過去のコンテストの、バックナンバーなんだけどね。今は、これを見ながら、方向性を、定めているところなんだ」

洸は、着席してすぐに、机の上に散乱した資料を、適当にかき集めて、咲耶の前の机の上に乗せる。

「読むのはいいけど、あまり、戦力にはならないと思うわよ」

「うん。大丈夫! 気になった事があれば、何なりと言ってね! 正直、僕たちも、壁に突き当たっていてね。全く進んでないんだ。だから、小さい事でも助かる」

「まぁ。そうね。見てればわかるわ」

咲耶は、まだ唖然と視線を向けてくる2人を、呆れたように見やると、資料に視線を落とした。

「よし! 僕も、頑張るぞ! それと………お二人さん? 何を呆けているのかい? 」

洸は、自分の席に移動する道中、二人の目の前に手を翳して、現実へ引き戻そうと努める。

そのかいもあって、二人はようやく我に返り、それでも、状況が読み込めないかのように、洸と咲耶を交互に見る。

「どどど、どういう事だよ! 何がどうなったら、こうなるんだよ! 」

尚人は、小声で洸に問いつめる。

「何がって? 二人も、来て欲しがってたでしょ? 」

「いやいや、それはそうなんだけど! 正直、期待してなかったから。部長に」

「酷っ!」

そんな二人の会話に、仲裁するかのように神影も入り込む。

「まぁまぁ、何にせよ。全員揃ったわけだし! 万事上手くということで。やってろうじゃないの! 」

「おー! 」

洸は、神影の鼓舞に応えるようにして、拳を突き上げる。

その間の尚人は未だに困惑している。

そんな騒がしい中でも、咲耶だけが、何食わぬ顔で資料を眺めていた。