ーーー 西日公園。誰が聞いても、由来を簡単に推測できるであろう、数個の遊具が備えられた小さな公園。
近所の人達の憩いとなる場。そして、咲耶と洸の馴染みの場所でもある。
通学路を小走りで駆けていた洸は、不馴れな持久走に息を切らしながら、その公園の前を通りかかる。
洸は登下校の度に、記憶と共に、思い出のブランコを一瞥する習慣があった。
例により、小走りの今日でさえも、視線は自然とブランコの方へと向けられていた。
滑り台や砂浜で遊ぶ子供達、その様子を見守る母親らしき数人の大人の先に、思い出のブランコは設置されており、いつもなら、空席な事が多いそのブランコに、今日は珍しい人物が居た。
「咲耶………」
洸は、帰路の中、ずっと思い浮かべていた人物の遭遇に、荒い息を整えることも忘れて、まっすぐに爪先をブランコの方へと向けて歩き出す。
「咲耶。隣いい? 」
「ええ」
ブランコの意義が皆無なほどに、微動だにせず、ただ腰をかける咲耶。
その隣に、軽く揺れながら腰をかける洸。
「珍しいね。寄り道するなんて」
洸は、ブランコの支柱に立て掛けられた鞄から、咲耶が、下校途中に寄った事を推測する。
「そう? たまに、寄り道くらいするわよ。まぁ、洸が、部活を終えるまでの間には、帰るけれど。珍しいは、こっちの台詞ね」
「あぁ。そうだね。今日は、やらなきゃ。ううん。やりたいことがあったから」
「そう」
幼馴染とはいえ、思春期を迎える前くらいには、異性というものを、深く理解した二人は、少しぎこちなく言葉を交わす。
「あのさ。何回も、しつこいと思うけど、言の葉部に、来ない? 」
その洸の誘いを払うように、咲耶は小さくブランコを揺らし始める。
「ごめんなさいね。何度言われようと、顔を出すつもりはないわ。てか、そんなに、しつこいと言うほど、誘っては来てないでしょ? 」
「まぁ。そうなんだけどね。何度も誘うとして、尻込みしちゃって、我ながら、情けない男だね」
洸は、自虐的に乾いた笑い声をあげる。
「どうして? どうしてそんなに、私を誘うわけ? 言ってしまうと、私なんか居れば、洸は良くても、他の二人が、気を使う羽目になるわよ」
「ううん。そんなことないよ。だって、あの二人に、背中を押してもらって、今ここに居るわけだから」
「変わった人達ね。時限爆弾を、自ら抱え込もうとするなんて」
「爆弾なんて。そんな言い方」
「いいえ。余命を越えて、尚も生き続けている。この心臓は、いつ止まるかもわからない。そんな枷なんて、あるだけ損だわ」
咲耶は、心臓病を患っていた。数年前に余命宣告を受け、その宣告された17歳を越え、18歳になるこの年まで、鼓動を刻み続けていた。
高校入学は、当初、両親から反対されていたが、自らの意思で、今日まで通い続けていた。
「僕は。わからないよ。咲耶の抱えている気持ちとか。不安とか。どうしたって、分かる事なんてできないよ。でも、咲耶はこうして、学校に通う事を選んだ。それには、理由があったんだよね? その理由は、わからないけれど。僕が。僕たちが、その理由になれる事はないのかな? その理由を、手伝える事はないのかな? 」
洸は、地につけた足の裏に力を込めて、ブランコを止めると、真剣に咲耶を見つめる。
「忘れちゃったわ。なんで私が、そこまで、学校に通う事を望んだのか。でも、忘れたのなら、それまでの事だったということ。それだけよ。それに、理由になろうだなんてお節介は、無用よ」
そうきっぱりと吐き捨てられて、それでも洸の瞳は真剣そのものに、咲耶を見続ける。
「わかった。じゃあ、僕のためにだったら? 」
「洸のため? 」
「うん。覚えてる? このブランコで、昔さ、あの木まで飛んだ事」
「ええ。もちろん。覚えているわ」
咲耶は、その光景を浮かべて、感傷的に目を細める。
「あの時、咲耶の笑顔を見て、とても嬉しくて。僕も幸せに思えたんだ」
「変わってるわね」
「うん。なんと思われてもいいさ。でもさ、久しく、咲耶の笑顔を見ていない気がする。だからこそ、思うんだ。あの時に感じた気持ち。あれをもう一度って」
「まさか。止めなさいよ。また、飛ぼうなんて言わないでしょうね? 」
洸は「ううん」と左右に首を振る。
「言の葉部。尚人や神影、根拠はないよ。でも、あの場所はこれから、僕の拠り所になる気がするんだ。変哲のない日々でも楽しくて、同じ場所を目指して、共に励む日々。今も楽しい。でも、そこに、咲耶がいれば、もっと楽しくなると思うんだ。そして、巻き込む形になるけれど、咲耶にとっても、居心地の良い場所になると思う。自然と笑顔になれるような。だから!」
洸は、ブランコを背後に大きく振られるほど、勢いよく立ち上がると、咲耶の正面に向かい立つ。
「だから。咲耶。咲ちゃん! 僕に、もう一度、チャンスをくれない? また、笑わせたい。笑って欲しいんだ!」
洸を見上げる咲耶は、突然の申し出に、目を大きく見開いて、綺麗な黒に、屈託のない洸の笑顔を映し出していた。
近所の人達の憩いとなる場。そして、咲耶と洸の馴染みの場所でもある。
通学路を小走りで駆けていた洸は、不馴れな持久走に息を切らしながら、その公園の前を通りかかる。
洸は登下校の度に、記憶と共に、思い出のブランコを一瞥する習慣があった。
例により、小走りの今日でさえも、視線は自然とブランコの方へと向けられていた。
滑り台や砂浜で遊ぶ子供達、その様子を見守る母親らしき数人の大人の先に、思い出のブランコは設置されており、いつもなら、空席な事が多いそのブランコに、今日は珍しい人物が居た。
「咲耶………」
洸は、帰路の中、ずっと思い浮かべていた人物の遭遇に、荒い息を整えることも忘れて、まっすぐに爪先をブランコの方へと向けて歩き出す。
「咲耶。隣いい? 」
「ええ」
ブランコの意義が皆無なほどに、微動だにせず、ただ腰をかける咲耶。
その隣に、軽く揺れながら腰をかける洸。
「珍しいね。寄り道するなんて」
洸は、ブランコの支柱に立て掛けられた鞄から、咲耶が、下校途中に寄った事を推測する。
「そう? たまに、寄り道くらいするわよ。まぁ、洸が、部活を終えるまでの間には、帰るけれど。珍しいは、こっちの台詞ね」
「あぁ。そうだね。今日は、やらなきゃ。ううん。やりたいことがあったから」
「そう」
幼馴染とはいえ、思春期を迎える前くらいには、異性というものを、深く理解した二人は、少しぎこちなく言葉を交わす。
「あのさ。何回も、しつこいと思うけど、言の葉部に、来ない? 」
その洸の誘いを払うように、咲耶は小さくブランコを揺らし始める。
「ごめんなさいね。何度言われようと、顔を出すつもりはないわ。てか、そんなに、しつこいと言うほど、誘っては来てないでしょ? 」
「まぁ。そうなんだけどね。何度も誘うとして、尻込みしちゃって、我ながら、情けない男だね」
洸は、自虐的に乾いた笑い声をあげる。
「どうして? どうしてそんなに、私を誘うわけ? 言ってしまうと、私なんか居れば、洸は良くても、他の二人が、気を使う羽目になるわよ」
「ううん。そんなことないよ。だって、あの二人に、背中を押してもらって、今ここに居るわけだから」
「変わった人達ね。時限爆弾を、自ら抱え込もうとするなんて」
「爆弾なんて。そんな言い方」
「いいえ。余命を越えて、尚も生き続けている。この心臓は、いつ止まるかもわからない。そんな枷なんて、あるだけ損だわ」
咲耶は、心臓病を患っていた。数年前に余命宣告を受け、その宣告された17歳を越え、18歳になるこの年まで、鼓動を刻み続けていた。
高校入学は、当初、両親から反対されていたが、自らの意思で、今日まで通い続けていた。
「僕は。わからないよ。咲耶の抱えている気持ちとか。不安とか。どうしたって、分かる事なんてできないよ。でも、咲耶はこうして、学校に通う事を選んだ。それには、理由があったんだよね? その理由は、わからないけれど。僕が。僕たちが、その理由になれる事はないのかな? その理由を、手伝える事はないのかな? 」
洸は、地につけた足の裏に力を込めて、ブランコを止めると、真剣に咲耶を見つめる。
「忘れちゃったわ。なんで私が、そこまで、学校に通う事を望んだのか。でも、忘れたのなら、それまでの事だったということ。それだけよ。それに、理由になろうだなんてお節介は、無用よ」
そうきっぱりと吐き捨てられて、それでも洸の瞳は真剣そのものに、咲耶を見続ける。
「わかった。じゃあ、僕のためにだったら? 」
「洸のため? 」
「うん。覚えてる? このブランコで、昔さ、あの木まで飛んだ事」
「ええ。もちろん。覚えているわ」
咲耶は、その光景を浮かべて、感傷的に目を細める。
「あの時、咲耶の笑顔を見て、とても嬉しくて。僕も幸せに思えたんだ」
「変わってるわね」
「うん。なんと思われてもいいさ。でもさ、久しく、咲耶の笑顔を見ていない気がする。だからこそ、思うんだ。あの時に感じた気持ち。あれをもう一度って」
「まさか。止めなさいよ。また、飛ぼうなんて言わないでしょうね? 」
洸は「ううん」と左右に首を振る。
「言の葉部。尚人や神影、根拠はないよ。でも、あの場所はこれから、僕の拠り所になる気がするんだ。変哲のない日々でも楽しくて、同じ場所を目指して、共に励む日々。今も楽しい。でも、そこに、咲耶がいれば、もっと楽しくなると思うんだ。そして、巻き込む形になるけれど、咲耶にとっても、居心地の良い場所になると思う。自然と笑顔になれるような。だから!」
洸は、ブランコを背後に大きく振られるほど、勢いよく立ち上がると、咲耶の正面に向かい立つ。
「だから。咲耶。咲ちゃん! 僕に、もう一度、チャンスをくれない? また、笑わせたい。笑って欲しいんだ!」
洸を見上げる咲耶は、突然の申し出に、目を大きく見開いて、綺麗な黒に、屈託のない洸の笑顔を映し出していた。