それから数日が過ぎ、5月手前に差し掛かる頃。コンテストまで、約5ヶ月とまだ猶予はあるものの、書く題材に苦戦を強いられている一行。

「まさか、ここまで苦労するなんてね。まぁ、約一名。資料じゃなくて、漫画を読んでいるやつがいるけど」

「ん? だってさ、どうせコンテストに出場するのは、こんなかの一人だろ? 贔屓目に見ても、俺が代表になるような、そんなメンバーじゃないだろ? 」

「だからって、漫画を読んでいい理由には、ならないでしょうが! 」

「いやいや、分からんよ。こういう意外な所から、ヒントって、得られる事もあるからな」

「はいはい。さいですか」

神影は呆れをため息に昇華する。

「洸くんは? あれからどう? 咲耶さん」

「え? ん。まぁ。機会を見つけては、誘うと思っているんだけど。あまり、しつこくするのは………」

言の葉部発足から、微々とも歩みが進まない現状に、部内には重い空気が流れていた。

「時には、強引な男の方が、惹かれる事もあるんだぜ? そういう漫画を読んだことある」

「ふ~ん。あんたって、少女漫画も読むのね」

「別に、少女漫画だけの話じゃないだろ? そういう神影も、少女漫画とか読むんだな。意外だわ」

「まぁ。話の種になるからね。人付き合いには、意外と必要なのよ」

「そんなもんか。何にせよ、洸。壁ドンのひとつでもしてこいよ」

「無理だよ。普通に考えて。ほら言うでしょ? イケメンに限るって」

「お前の顔面で言われると、何かむかつくな」

「それはどっちの意味!? 」

こういった脱線が多いことも災いして、進まない現状を咎めるものはいない。

「洸くんはさ。どうして、咲耶さんに、この部に参加して欲しいの? そういえば、これを聞いてなかったから」

洸は、躊躇うことなく返答する。

「笑って欲しいんだ。ただ、それだけ。確証なんてないけど、この部で、このメンバーで、同じ目標に向かって、他愛ない日々を過ごせば、他愛ない幸せ、みたいなものを、見つけられる気がするんだ。それを感じて欲しい。そう思ったんだ」

そんな洸の心内を聞いた神影と交わらせると、同じタイミングで吹き出すように笑みを浮かべる。

「え? え? やっぱりキモい? クサすぎる? 」

「いいや、違う違う。それだよ。それを伝えればいいんだよ? そうだな。洸に、回りくどい策略なんて、似合わないもんな。そういう、ストレートでいいんだよ。そういうのでいいんだよ。こういうのでいいんだよ」

そんな尚人に同意するように、神影も首を縦に振る。

「うん。最後の方の、グルメな人の発言みたいなのはさておき、私も同感。それに、やっぱり、この部の部長は、洸くんで良かったと思ったよ」

「それは、褒め言葉だよね? うん。それはありがたいけど、これをストレートに言葉にするのは、ちょっと恥ずか………」

洸は、思い詰めたように言葉尻をすぼめる。しかし、すぐに決意に溢れたように、2度小さく頷く。

「そうでもないか。あの時みたいに。あの時、笑ってくれたように」

そして、そう二人がなんとか拾える声で呟くと、スーパーボールが跳ねるように椅子から立ち上がる。

「ありがとう! 行ってくるよ! ダメもとで上等だよ!」

そして、それを助走にするかのように、荷物をまとめると、足早に部室を後にする。

残された二人は呆気にとられて、廊下の方へと視線を向け固まっている。

そんな廊下から、ドアから覗く形でまた早足で現れる洸。

「じゃあ! また明日! さよなら!」

そう、いい忘れていた挨拶だけ残して、再び去っていく嵐のような洸に、二人はボソリと一往復だけの会話をする。

「なぁ、主人公っているんだな」

「うん。私達も、モブにならないように、頑張らないとね」