つい先日まで、粉雪のように舞っていた桜は、あっという間に土色に変わり、桃色の衣を纏っていた桜の木は、生暖かな風に吹かれて、それでも少し寒そうに揺れていた。
そんな桜の木を寂しげに見上げる咲耶は、その隙間に漏れる陽の光を、掌で掴むように掲げる。
帰宅する生徒は、道中で独り立ち尽くすその姿を横目に、早足で通り過ぎていく。
「あなたは、また来年。咲くことができるのね。羨ましいとは思わないわ。どうせ、また散ってしまうと分かっていて、咲かなきゃいけないだなんて、虚しすぎるわ。あまりにもね」
そんな独り言のようにも聞こえ、桜の木と会話をしているようにも捉えられる、そんな姿は、他の生徒から見れば異質に見えていた。
「あれ? まだ、帰っていなかったのか? 」
そこへ、言の葉部はそっちのけで、帰宅をしようと車を走らせていた千香が、車を停めて、助手席側の窓を開け、覗くように独り佇む咲耶に声をかける。
「あら先生。お帰りですか? 」
「ああ。まぁな。それで、部活にも行かないで、そこで何をやってるんだ? 」
「部活ですか? ああ。私は、入ったつもりはないですから」
「とはいってもなぁ。お前、副部長って事になってるぞ? いいのか? 一柳部長に、全部押し付けて? お前ら、幼馴染だったよな? 」
「大丈夫ですよ。洸は、要領いいですから。それに、私は、幽霊部員がお似合いです」
「ふ~ん。まぁ、誰かが、コンテストに出てくれさえすれば、何でもいいんだけどよ。俺の予想だと、葉月。お前は否が応にも、ちゃんと活動することになると思うぞ。俺の勘は、よく当たるって有名だからな」
「はじめて聞きましたが? まぁ、そうならないように務めます」
その咲耶の返答に、満足したかのように、「フン」と鼻を鳴らして、千香は咥えたばこで車を走らせた。
「お節介な人」
咲耶はそんな黒光りした車体に呟いた。
ーーー 翌日。ホームルームを終え、ざわざわと教室内にさざ波が押し寄せる。
その波は咲耶まで届くことはなく、足早に咲耶は帰宅の準備を済ませる。
「咲耶」
そんな咲耶に声をかけたのは、洸だった。クラスメイト達は、その様子を珍しいと言わんばかりに眺める。
極たまに、洸が咲耶に話しかける事はあっても、業務的な理由以外で、咲耶に話をかける生徒は今はいない。
だからこそ、その一挙一動に注目が集まるのだった。
「あのさ、咲耶」
「どうしたの? 視線が鬱陶しいから、手早く済ませてくれる?」
「うん。その~、言の葉部に、顔を出してくれないかな? その、コンテストには参加しなくていいから、ただ、部室に居てくれるだけでいいから」
咲耶は少し首を傾げてから、その洸の言葉に返答する。
「何で? コンテストに、出場しなくてもいい。何もしなくてもいい。なら、居る意味なんてないじゃない? 」
「え? ま、まぁ。そうなんだけど。そう言う事じゃないというか」
「? ごめんなさいね。よくわからないわ」
「う、うん。そうだよね………あはは……」
その洸の乾いた笑い声を、会話のピリオドとすることは容易だった。
「それじゃあ、もう用はないわね? 私は帰るわよ」
「う、うん。気をつけて。また明日」
「うん。さようなら」
そんなぎこちなさの中に、親しみも感じる会話で、クラスメイトの視線は、疎らに散らかる。
「はぁ。やっぱり無理だよ。何ていえばいいんだよ」
残された洸は、窓の外の青空を見上げて、深いため息をついた。
そんな桜の木を寂しげに見上げる咲耶は、その隙間に漏れる陽の光を、掌で掴むように掲げる。
帰宅する生徒は、道中で独り立ち尽くすその姿を横目に、早足で通り過ぎていく。
「あなたは、また来年。咲くことができるのね。羨ましいとは思わないわ。どうせ、また散ってしまうと分かっていて、咲かなきゃいけないだなんて、虚しすぎるわ。あまりにもね」
そんな独り言のようにも聞こえ、桜の木と会話をしているようにも捉えられる、そんな姿は、他の生徒から見れば異質に見えていた。
「あれ? まだ、帰っていなかったのか? 」
そこへ、言の葉部はそっちのけで、帰宅をしようと車を走らせていた千香が、車を停めて、助手席側の窓を開け、覗くように独り佇む咲耶に声をかける。
「あら先生。お帰りですか? 」
「ああ。まぁな。それで、部活にも行かないで、そこで何をやってるんだ? 」
「部活ですか? ああ。私は、入ったつもりはないですから」
「とはいってもなぁ。お前、副部長って事になってるぞ? いいのか? 一柳部長に、全部押し付けて? お前ら、幼馴染だったよな? 」
「大丈夫ですよ。洸は、要領いいですから。それに、私は、幽霊部員がお似合いです」
「ふ~ん。まぁ、誰かが、コンテストに出てくれさえすれば、何でもいいんだけどよ。俺の予想だと、葉月。お前は否が応にも、ちゃんと活動することになると思うぞ。俺の勘は、よく当たるって有名だからな」
「はじめて聞きましたが? まぁ、そうならないように務めます」
その咲耶の返答に、満足したかのように、「フン」と鼻を鳴らして、千香は咥えたばこで車を走らせた。
「お節介な人」
咲耶はそんな黒光りした車体に呟いた。
ーーー 翌日。ホームルームを終え、ざわざわと教室内にさざ波が押し寄せる。
その波は咲耶まで届くことはなく、足早に咲耶は帰宅の準備を済ませる。
「咲耶」
そんな咲耶に声をかけたのは、洸だった。クラスメイト達は、その様子を珍しいと言わんばかりに眺める。
極たまに、洸が咲耶に話しかける事はあっても、業務的な理由以外で、咲耶に話をかける生徒は今はいない。
だからこそ、その一挙一動に注目が集まるのだった。
「あのさ、咲耶」
「どうしたの? 視線が鬱陶しいから、手早く済ませてくれる?」
「うん。その~、言の葉部に、顔を出してくれないかな? その、コンテストには参加しなくていいから、ただ、部室に居てくれるだけでいいから」
咲耶は少し首を傾げてから、その洸の言葉に返答する。
「何で? コンテストに、出場しなくてもいい。何もしなくてもいい。なら、居る意味なんてないじゃない? 」
「え? ま、まぁ。そうなんだけど。そう言う事じゃないというか」
「? ごめんなさいね。よくわからないわ」
「う、うん。そうだよね………あはは……」
その洸の乾いた笑い声を、会話のピリオドとすることは容易だった。
「それじゃあ、もう用はないわね? 私は帰るわよ」
「う、うん。気をつけて。また明日」
「うん。さようなら」
そんなぎこちなさの中に、親しみも感じる会話で、クラスメイトの視線は、疎らに散らかる。
「はぁ。やっぱり無理だよ。何ていえばいいんだよ」
残された洸は、窓の外の青空を見上げて、深いため息をついた。