ーーー それから一週間が経ち。いつも通り、部室で怠惰な時間を過ごしていた一行。

明日、一週間ぶりに咲夜の顔を見に行こう。そんな予定だけが、言の葉部のスケジュールを埋めている。

そうして、刻々と流れる時間の中、パタパタと廊下を駆ける足音が、いつかのように響いてくる。

三人は、その足音に顔を見合わせ、鼓動を速める。

そして、徐々に近づいた足音が扉の前で止まり、それと同時に勢いよく開かれた扉。しかし、その先にいた千香の様子は、そんな足音から程遠いほどの、目から光が消えたような、深い哀愁が漂うものだった。

「お前ら。いいか。落ち着いて……聞けよ……。今、葉月の両親から電話があって、葉月が昼頃………。亡くなった……そうだ………」

途切れそうになる声を、何とか震わせて、用件を伝える千香。

頭の中の臓器がすっぽりと抜け落ちたかのように、三人の頭はスゥーと軽くなる。

同時に視界が霞がかり、音が遠くなり、現実から引き離された感覚が、三人に共通して襲いかかった。

「う………そ……」

神影は辛うじてそう声に出すものの、それ以上に先に、両の瞳から雫を止めどなく流れはじめた。

次の瞬間、神影の声から響いた悲痛な叫びは、洸と尚人を、現実に呼び戻すのには十分過ぎて、その声を頼りに戻った現実は、どこまでも残酷であり、尚人も思わず机に拳を打ちつけて、熱い雫を頬に伝わせはじめる。

ただただ、心臓から伝わる哀しみに身を委ねて、制御出来ない涙を流し続ける神影と尚人。

しかし、洸だけは、ただ一点を見つめながら、奥歯を噛み締め、絡ませた両手を強く握り、零れそうな涙を何とか耐え続けていた。

千香は、前髪で目元を隠しながらも、三人の動向を見守っている。

それから三十分ほど、鼻を啜る音や、行き場のない悲痛を押し止めるかのように喉を鳴らす音だけの時間が過ぎて、ようやく神影と尚人は視線を上げる。

もうどんなに辛くとも、簡単に涙が流れてくれないほど、ハンカチを水溜りに落としたかのようにびしょ濡れするほど、目を赤く腫れ上がらせ泣いた二人は、自分とは違う、それでもまだ涙を堪える洸に気がついた。

「洸は…………。強いんだな………」

自分とは対象的な洸に、敬意と共に、少しの冷徹さを感じとる尚人。

「うん。約束したからね」

「約束?」

「うん。咲ちゃんと。だから、僕は泣かない。まだ、なくわけにはいかないんだ」

そう拳を震わせながら、無理に笑みを作った様子の後悔に、少しでも、冷徹と思った自分自身を嫌悪する尚人。

「コンテストは。辞退してもいいからな」

そこまで、三人を見守り続けていた千香は、気を遣うように、柔らかい声色でそう口にする。

「いいえ。コンテストには出場しますよ。咲ちゃんのためにも、意志を継いで、僕が出場します」

「一柳………」

千香は垂らした前髪の隙間から、揺らがない洸の(まなこ)を真っ直ぐに見据える。

「分かった。お前の意志に任せる。お前らは、もう今日は帰れ。俺が車で送っていく」

そんな千香の気遣いを素直に受け入れた三人は、各々が癒えぬ重いを抱えて、部室から退室する。

ーーー 最後に洸を送り届けた千香は、「じゃあ、何かあったら連絡しろ」と言い残し去っていく。

「洸!!」

車のエンジン音を聞き、玄関の扉を勢いよく開いた、洸の母である、日和(ひより)は、その勢いのまま、洸に駆け寄る。

「母さん」

「洸。さぁ、入りなさい。コーヒーでも淹れてあげるわ」

「うん。ありがとう。でも、大丈夫」

洸は、小さく微笑むと目向きもせずに、自室へと向かう。

自室の扉を閉め、完全に独りの空間となった部屋は、いつも通りの風景。

それでも、今の洸には、星月夜を描いた有名な絵画のように、暗く渦巻き、陰鬱としていて、微かな明かりだけが、正気を保った洸の心理描写のように映っていた。

洸はベッドに倒れ込む。そして掛け布団で頭を覆うと、声をころして涙を流す。

嗚咽すらも、その唇の隙間から漏れ出ぬように、それを聞かせぬように、見せぬように、シーツに大きな斑点を描いた。