ーーー それから三人は、週に二日を目安に、咲夜の見舞いを訪れる日々を送っていた。

十月に入り少し、十一月のコンテストまでのこり一ヶ月を切った頃、その日は洸が一人で、病室に訪れていた。

「もうすぐコンテストだね。流石にまだ、緊張はしてないよね?」

咲夜には、ここ数日で変化があった。それは、洸に対しての言葉遣いだった。

まるで昔に戻ったかのように、柔らかく鳴らす声に、洸もいつも以上に頬を緩めている。

「うん。流石にね。それでさ、今日はお願いがあって来たんだ」

「お願い?」

洸は、鞄から数枚の紙を取り出して、ベッドの上に架かったテーブルの上に置いた。

「これって………」

「うん。そうだよ。コンテストで主張しようと思っている原稿だよ。これを咲ちゃんに読んでほしいんだ。それで、感想と、それから意見を貰おうと思ってさ」

洸の申し出に咲夜は、少し戸惑いつつ原稿を手にする。

「私なんかに、意見できる事はないと思うけど……」

「ううん。そんなこと無いよ。咲ちゃんに読んで欲しい。正直、そっちが本心というか、なんというか」

洸は言葉尻をごもらせる。

「そこまで言うなら読むけど、期待はしないでね」

そうして、しばらくの間、病室には、原稿を捲る音だけが響き渡る。

そうして、読み終えた原稿をポンポンとテーブルの上で揃えて、洸に手渡す。

「どう? だったかな」

「うん」

咲夜は、一拍置いてから口を開く。

「直すところは無いと思うよ。ううん。それどころか、こーくんらしいね。これは、こーくんにしか書けないと思うし、こーくんにしか、伝えられないものだと思う。今回のコンテストにはピッタリだね」

最近はよく見せるようになった、白い歯を覗かせた笑顔で、洸に感想を伝える咲夜。

「本当に! ありがとう! 良かった〜、咲ちゃんのお墨付きがあれば、百人力だよ!」

そうやって軽快に笑う洸。その笑顔を見て、咲夜は思いを馳せるようにして、息を吐く。

「こーくんさ。私に言ったよね。笑って欲しいって。自分のために、また、笑った顔がみたいって」

「え? 入部をお願いした時だよね」

「そう。それって、無事にこうして、叶ったわけだよね?」

「うん。それはもう。バッチリ!」

「じゃあさ」

咲夜は、その洸の願いを具現化した笑みを浮かべる。

「私の願いも叶えてくれないかな?」

「願い?」

洸は持っていた原稿をばら撒きそうなほど、その言葉に動揺を見せる。

「うん。コンテストが終わったらでいいよ。こーくん。もう、我慢しなくていい。私の前でも、みんなの前でも、家族の前でも、泣いても良いんだよ。弱さを見せてもいいんだよ。ううん。そうして」

思いがけないその咲夜の願いに、面を食らって、黒目は咲夜を上手く捉えられない。

「私が気づいていないとでも思った。私の次に、私を知っているのがこーくんのように、こーくんの次に、こーくんを知っているのは、私なんだからね」

「咲ちゃん………」

心当たりのあるその感覚に、洸には反論する言葉は皆無だった。

「分かった。僕の願いを聞いてもらっておいて、お断りするのは違うもんね。コンテストが終わったら、多分。ありえない程、弱さを見せるかもしれない。うん。咲ちゃんには、見てもらうから、覚悟しておいてよね!」

そうして、笑みと笑みで交わした約束は、近い将来に果たされる。そう二人は、信じて疑わなかった。