ーーー 病院から帰り、三人は喫茶店で、コーヒーの薫りに身を委ねていた。
「まぁ、とりあえず、元気そうで良かったって事で、いんだよな?」
尚人は、洸と神影の表情を探り探りにそう問う。
「うん。でも、二人も知っている通り、咲夜は余命宣告を受けて、奇跡的にその先の今を生きている。言ってしまえば、今、こうして生きる一瞬一瞬が奇跡で、未知で、いつ病魔が咲夜に迫る来るか分からない。毎日、毎日、当たり前のように一緒にいて、忘れかけていたのかもしれないね。あんまり言葉にはしたくない。でも、いつ、最悪が訪れてもおかしくないんだ。だから、そう思っていてほしいんだ。心の準備だなんて、口で言うのは簡単だけどね」
ティースプーンを回しながら、淡々と冷静に分析する洸の表情は、二人にとって未だ見たことのないような、深刻なものだった。
「洸くんは、ずっと昔から、そんな恐怖を抱えながら、生きてきたんだね。凄いね。強いよ。私だったら、心を擦り減らして、もしかしたら、距離をとっていたかもしれない。だから、本当に凄いと思うよ」
神影にも、その最悪がいつか来るものだと、心の隅には居座っていた。それでも、まだリアル感の無かったソレが、こうして目の前に現れて、行き場のない苦痛となってのしかかっていた。
「ううん。凄くなんかないさ。僕だって、神影の言った通り、逃げたいと思った事があったんだ。でもね。一番辛いはずの咲夜が、一番怖いはずの咲夜が、何事もないような顔で、何事もないように生きていた。だから、僕が弱気でいる事の方が、いつからか苦しくなって、今はこうして、平常心で居られるように、コントロールできるようになったんだ。それが、良い事なのか、悪い事なのか、僕には分からないけど、少なくとも、咲夜には心配をかけたくない。不安に駆られて欲しくない。その想いだけが、確かだったから」
飲み慣れたブラックコーヒーに落とし込んだ表情に映る洸の表情には、笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、頑張らないとだな。コンテストまで、時間がありそうで、無かったりするからな」
「…………え?」
数拍置いた洸の呆け顔に、やれやれと小さく顔を左右に振る尚人。
「だから、咲夜がコンテストに出れない今、代打になるのはお前だろ? まさか、忘れてたわけじゃないよな? お前だって、原稿を書いてた訳だし」
「…………え? …………あ」
洸はそこでようやく、自分の置かれた状況を理解する。
「その反応。おいおい、大丈夫なのか? 言っておくけど、今更、俺は代打は無理だからな! 俺は、スタメンで出て、結果が出るタイプだから!」
「そもそも、スタメンにすら入っていないんだから、そんな、自信満々に言わないでちょうだい。洸くん。私たちもやれる事は少ないけど、精一杯サポートするから、頑張ろ! ね!」
「み、神影。あなたは、どこぞの誰かさんと違って、聖母のようだ………」
洸は祈りのポーズで、大袈裟に崇めてみせる?
「まぁ、乗りかかった船って奴だよな。仕方ない。俺も、静かにする事で、邪魔にならないようにサポートするわ!ま、その船が豪華客船と祈ってだけど」
「ねぇ、知ってる。豪華客船でも、予期せぬ事態に陥れば、沈没しちゃうんだよ。尚、それでも君は、一緒に沈んでくれる?」
洸は、目のハイライトを消したかのように、淀んだ目で尚人を見つめる。
「そうだよね。乗りかかった船というなら、最後まで付き合ってくれるんだよね? よね?」
洸を真似て、神影もまた尚人に視線を向ける。
「あ、俺、死んだわ。母さん」
尚人はそう、シーリングファンの回る木組みの天井を見上げて、悟るのであった。
「まぁ、とりあえず、元気そうで良かったって事で、いんだよな?」
尚人は、洸と神影の表情を探り探りにそう問う。
「うん。でも、二人も知っている通り、咲夜は余命宣告を受けて、奇跡的にその先の今を生きている。言ってしまえば、今、こうして生きる一瞬一瞬が奇跡で、未知で、いつ病魔が咲夜に迫る来るか分からない。毎日、毎日、当たり前のように一緒にいて、忘れかけていたのかもしれないね。あんまり言葉にはしたくない。でも、いつ、最悪が訪れてもおかしくないんだ。だから、そう思っていてほしいんだ。心の準備だなんて、口で言うのは簡単だけどね」
ティースプーンを回しながら、淡々と冷静に分析する洸の表情は、二人にとって未だ見たことのないような、深刻なものだった。
「洸くんは、ずっと昔から、そんな恐怖を抱えながら、生きてきたんだね。凄いね。強いよ。私だったら、心を擦り減らして、もしかしたら、距離をとっていたかもしれない。だから、本当に凄いと思うよ」
神影にも、その最悪がいつか来るものだと、心の隅には居座っていた。それでも、まだリアル感の無かったソレが、こうして目の前に現れて、行き場のない苦痛となってのしかかっていた。
「ううん。凄くなんかないさ。僕だって、神影の言った通り、逃げたいと思った事があったんだ。でもね。一番辛いはずの咲夜が、一番怖いはずの咲夜が、何事もないような顔で、何事もないように生きていた。だから、僕が弱気でいる事の方が、いつからか苦しくなって、今はこうして、平常心で居られるように、コントロールできるようになったんだ。それが、良い事なのか、悪い事なのか、僕には分からないけど、少なくとも、咲夜には心配をかけたくない。不安に駆られて欲しくない。その想いだけが、確かだったから」
飲み慣れたブラックコーヒーに落とし込んだ表情に映る洸の表情には、笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、頑張らないとだな。コンテストまで、時間がありそうで、無かったりするからな」
「…………え?」
数拍置いた洸の呆け顔に、やれやれと小さく顔を左右に振る尚人。
「だから、咲夜がコンテストに出れない今、代打になるのはお前だろ? まさか、忘れてたわけじゃないよな? お前だって、原稿を書いてた訳だし」
「…………え? …………あ」
洸はそこでようやく、自分の置かれた状況を理解する。
「その反応。おいおい、大丈夫なのか? 言っておくけど、今更、俺は代打は無理だからな! 俺は、スタメンで出て、結果が出るタイプだから!」
「そもそも、スタメンにすら入っていないんだから、そんな、自信満々に言わないでちょうだい。洸くん。私たちもやれる事は少ないけど、精一杯サポートするから、頑張ろ! ね!」
「み、神影。あなたは、どこぞの誰かさんと違って、聖母のようだ………」
洸は祈りのポーズで、大袈裟に崇めてみせる?
「まぁ、乗りかかった船って奴だよな。仕方ない。俺も、静かにする事で、邪魔にならないようにサポートするわ!ま、その船が豪華客船と祈ってだけど」
「ねぇ、知ってる。豪華客船でも、予期せぬ事態に陥れば、沈没しちゃうんだよ。尚、それでも君は、一緒に沈んでくれる?」
洸は、目のハイライトを消したかのように、淀んだ目で尚人を見つめる。
「そうだよね。乗りかかった船というなら、最後まで付き合ってくれるんだよね? よね?」
洸を真似て、神影もまた尚人に視線を向ける。
「あ、俺、死んだわ。母さん」
尚人はそう、シーリングファンの回る木組みの天井を見上げて、悟るのであった。