「これ使うな」

一通りの散策を終えた尚人が、二つあるうちの丸椅子を一つ手に取り、咲夜の左側、洸のいる窓際と反対側で腰を落ち着かせる。

「あ、私も……あ……」

尚人を真似て、神影も丸椅子を手に取ろうとするも、洸の分が無いことに気がついて、申し訳なさそうに洸を見る。

「僕は大丈夫だから、使っていいよ」

そう洸は丸椅子を譲ると、窓の縁に腰を凭れさせる。

「あ、うん。ありがとう」

神影はその厚意を素直に受け取り、尚人の隣、咲夜の顔に一番近い場所を陣取る。

「それにして。この黄色い花を見ていると、思い出すわね」

咲夜は、アレンジメントを見つめて小さく微笑む。

「思い出す? 」

神影は復唱に疑問符をつけて提示する。

「うん。昔ね、まだ小学校低学年の頃、洸と私は、菊の酢漬けを食べたことがあってね、洸はそれを一口食べて、酸っぱいと思わなかったんだろうね、後は独特の匂いもあるし、それで、毒があると勘違いしてね。もう、大慌てになって。私は、その何度も食べたことあったから、何の抵抗もなく、一口で沢山の菊を食べたの。それを見た洸がね、また大慌て。咲ちゃんが死んじゃうって、大泣きしてね。今、思い返しても、微笑ましいエピソードだわ」

咲夜の唐突な暴露話に、神影と尚人は、似たようにほくそ笑みながら、洸を見上げる。

「ま、まぁ。子供の頃の話だから。うんうん。子供の頃の話」

洸は、その二人の視線から逃げるようにして、二人に背を向けて、窓の外を眺める。

「まぁ、そういう事は多かったわね。ほら、やっぱり私がこういう体だから、敏感になっていたんだろうけど、本当に、子供の頃は、大泣き虫だったのよ」

「あらあら、かわいいね〜洸きゅん!」

その尚人の小馬鹿にした声が、洸の背中に突き刺さる。

「子供の頃は、誰だって、そんなもんだろ? あ、尚は不思議と、マセガキだったような気がする」

「おぉ。ありがとう」

「いや、褒めて無いから」

そんな軽口を交わして、恥ずかしさの熱も引いた洸は、再び振り返り、窓の縁に凭れる。

「それで、容態はどうなの? 退院は出来るんだよね?」

話に一区切りついたところで、皆が持っていた気がかりな部分を言葉にする神影。

「う〜ん。まだ、分からないわね。最悪、コンテストには、出れそうにないかもしれないわね」

「え?」

そのカミングアウトに、洸は愚かにも、その可能性を考えていなかった事に憤る。

「で、でも、あくまでも最悪の場合だよね! 良くなるんだよね!」

洸はそう口にしてから後悔をした。咲夜の病気は、悪くなる一方で、良くなることは無いと知っているからだ。

「………ごめんなさいね」

洸の中で、罪悪感がじわじわと広がっていく。

「いや、咲夜が悪いんじゃないよ。と、とりあえず、今は療養してさ、コンテストの事は一旦、忘れようよ! ね!」

洸の必死に紡いだ言葉は、取り繕ったような印象となって、咲夜に届く。

「ありがとう。そうするわね」

洸の心内に広がる暗雲に気づかないフリをした咲夜は、柔らかい微笑みを洸に向ける。

「ところで、咲夜、食事制限とかあるのか?」

徐々に陰となっていった雰囲気を感じとった尚人が、話の舵を取り、そこからは、当たり障りのない時間が過ぎ去って行った。