ーーー 一週間が過ぎ、咲夜に家族以外の面会が許されたとの報告を受け、ソワソワといつかの待ち合わせ場所で佇む洸。

手に携えた黄色とオレンジを貴重とした、アレンジメントは、ここへ来る途中こ花屋で見繕ってもらったものだ。

本当ならば、真っ先に飛んで行きたい気持ちを抑え、神影と尚人の到着を待っていた。

その手持無沙汰の中、洸はくるりと辺を見渡す。

土曜日ということもあり、多くの足音や話し声が重なっている。

「お待たせ」

すると、洸の耳へそんなクールな女性の声が届いた。

洸は、反射的に声のする方へと視線を向ける。

洸の向けた視線の先では、恐らく彼氏であろう男性が、笑顔で、恐らく彼女であろう女性を迎えている瞬間だった。

洸はその様子を一瞥してから正面に向き直ると、力なく吐き捨てるように微笑む。

それは、居るはずのない、来るはずのない待ち人に、反射的に期待してしまった、自分への女々しさ、嫌悪から来るものだった。

「おっす! おつかれさん!」

そんな中、いつかと同じように、同じタイミングで二人の足音が、洸の元へと近寄ってくる。

「おはよう」

「わぁ! 綺麗なお花ね!」

神影は、洸の手で華やぐアレンジメントに見惚れている。

「おいおい。食べるんじゃないぞ」

「はぁ? 何言ってんの? 食べるわけないじゃない?」

「いやいや、この世には食用の花もあるし、珍しい事じゃないからな」

「違うわアホ! そういう事を言ってじゃないの! お見舞いの品を、ムシャムシャするわけないでしょ!」

「別に一本くらい分からないだろ?」

「うわっ。こういう奴が、悪質な転売とかするんだろうな」

「いやいや、何処にも因果関係はないだろ!? なぁ ? 洸? 」

二人の視線が、一斉に洸へと向けられる。

「僕は、昔、菊の酢漬けを食べたことあるんだけど、あんまり舌に合わなくて、食欲はそそられないかなぁ」

「いや、そういう話じゃなくて!」

「さぁ、時間も勿体ないし! 行こうか!」

「お、おい。本当にこういう時でも、冷静というか、マイペースな奴だよなぁ」

尚人は隣にいるはずの神影にそう同意を求めようとするも、いつの間にか、洸の後を追って早足で歩きはじめていたため、独り言となって、落ち葉のように朽ちていってしまう。

「待てよ!」

その二人の背中を慌てて追いかける尚人。どんな状況でも、代わり映えしない日常が足早に流れていた。

ーーー 咲夜の入院する若狭(わかさ)病院は、近隣では際立って大きな総合病院であり、咲夜の居る個室は、茶色を基調とした、落ちついた雰囲気の、ビジネスホテルと見紛える程の病室だった。

手続きをすませた洸達は、その案内された病室の扉をスライドさせて、広がったその光景に呆然と佇む。

「そんな所で突っ立ってないで、早く入ってきたら?」

先に今日の訪問を知らされていた咲夜は、体を起こして、その三人の呆気にとられた表情に、小さくため息をついた。

「咲夜ちゃん!」

その咲夜の言葉に我に返った三人、その中でいち早く病室に飛び込んだのは神影だった。

「ちょっと、余り大きな声は出さないで、後、バタバタしない」

「ごめん!」

まるで、テーマパークに入園した瞬間の子供のように、はしゃいで見せた神影は、冷静になり赤面する。

「体調は良さそうだね。良かった」

その背後から、洸がひょいっと顔を覗かせて、顔色の良い咲夜を見て、安堵したように微笑んだ。

「ほ〜ん。なるほど〜、あぁ、いいですね〜。このクリーム色と、茶色を7:3で分けた壁紙、とても、落ち着いた雰囲気を演出してますね〜」

一方、最後に入室した尚人は、自由に室内の散策をしている。

「あなた達、ここを溜まり場か何かだと思ってるの?」

咲夜は、目を細めて、冷めたように三人の動向を眺めている。

「ごめん! な、何か、照れくさくて、久しぶりに、改まって会うのって」

神影が、「てへへ」とありきたりな言葉を漏らしながら、照れ隠しをする。

「はい! これ! 綺麗でしょ! 」

そんな違和感でしかない二人を他所に、洸は見舞い品のアレンジメントを、咲夜の右隣にある棚の空いたスペースに置く。

咲夜はそれを眺めつつ、「そうね。綺麗ね」と小さく呟いた。