ーーー 徐々に太陽が、かくれんぼを始める時間が早まって来る時期、少しでも帰りが遅くなってしまえば、すっかり、薄暗い雰囲気を纏ってしまう季節、二人は、よほどの予定が無い限り、並んで帰路につく。
今日も例外なく、ぽつりぽつりと会話を交わしながら、通学路を歩いていた。
「あ、ねぇ、ちょっと公園よっていかない?」
西日公園に差し掛かった頃、洸は、人の気のない公園内の、ブランコを指差す。
「ええ。別にいいわよ」
咲夜も、すんなりとその意見に同意して、迷いなくブランコに腰を下ろす。
「あ! ちょっと、待っててね! 」
洸は、咲夜が腰を落ち着かせたのを見計らったかのように、ベンチ脇に設置された自動販売機の明かりを目掛けて、駆け足をする。
十数秒後、取り出し口から、二本の缶を取り出した洸は、再び駆け足で、咲夜の待つブランコへと戻ってくる。
「はいこれ!」
「え? あぁ。うん。ありがとう。いくらだった? 」
「僕が勝手に買ってきたんだよ。お金なんて取るはずないでしょ?」
洸は、片手に携えた温かいミルクティーを咲夜に手渡し、隣のブランコに腰を下ろす。
そうして、自分ように買って来た、ブラックコーヒーのタブを開いて、ゆっくりと缶を傾けた。
「いつの間にか、ブラックコーヒーを飲むようになったわよね。昔は、砂糖とミルクが大量にないと、飲めなかったのにね」
咲夜は、両手でミルクティーを包みながら、ちびちびと口に運ぶ。
「そうだね。不思議と、この味、この苦味じゃないと、満足出来ないようになったというか、勿論、カフェオレも好きだけど、大人になったって事なのかな? なんてね」
洸は、半分ほどブラックコーヒーを飲み干すと、完全な夜になる前の空を見上げて一息をつく。
「何か、疲れたサラリーマンみたいね」
「そう? そんなに老けて見える? 」
「老けてるというか、新社会人って感じよね。でも、洸は、気苦労をしそうよね」
「ちょっと、今から不安になるようなこと、言わないでよね」
「あら、一応褒め言葉よ。優しいから、気を配ってしまうだろうなっていう。でも、ちょっと見てみたかったかも、社会の波に飲まれた洸」
「そんなの見たって嬉しくないでしょ?」
洸は、小さく声を上げて笑う。
「ほらね。優しい」
「ん?」
咲夜は、細く白い指で右耳に髪をかける。
「洸はさ。ずっと、言わないで来てくれたよね。最後まで」
「何の話?」
「私はきっと、近い将来、必ず死ぬ。それが来年か再来年か、明日か、来月か。分からないけど、長くは生きられない。まぁ、ここまでっていう目安を超えたわけだから、もう充分なほど生きているのだけれど」
咲夜は、苦々しげに微笑みながら、缶の中の漆黒を見つめる。
「そう、かもしれない。でもね、僕には、咲夜の苦しみは、どうしたって分からない。だから、僕に出来ることはひとつだと思うんだ。少しでも、咲夜のその不安が、心に落ちた影が癒せるのなら、何だってする。ただ、それだけ。ううん。それ以上にしてやるって、そう思ってる」
公園内に灯された外灯に照らされた洸の顔には、代わり映えのない、無垢で纏った笑顔が浮かび上がっている。
「そういうところよ。そういうところが、優しいって言ってるのよ。でも、だからこそ………」
咲夜はそこで言葉をすぼめると、ゆらゆらと立ち上がる。そして、まだブランコに揺られた洸に振り返り、いつかの様に、満面の笑みを咲かせた。
「ミルクティーありがとう! じゃあ、私は先に帰るね!」
そんないつもの凛として、大人びた口調とは違う、爽やかな口調でそう言い残し、軽やかに公園を後にする。
そして、公園の出入り口に差し掛かった頃、小さくこう呟いた。
「だからこそ……死ぬのが怖いんだよ……」
無論、その悲痛は、離れた場所にいる洸には届く事がなかった。
一方、公園に残された洸は、突然の出来事に呆けながら、消えゆく後ろ姿をじっと眺めていた。
脳内には、咲夜の見せた笑みが、華麗な額縁に収められているようなフィルターがかかり、きらびやかに残っていた。
そして、咲夜の後ろ姿を完全に見送った後、洸の右手から、少し残った缶コーヒーが滑り落ちていく。
それと同時に、両手で髪をかき上げるようにして、前屈みになる洸。
その瞳からは止めどなく光るものが流れ落ちていく。
「本当は。本当は。僕だって、僕だって………」
掠れた声と、瞼が重くなる程の洪水が、洸の時間を痛みと共に染めていく。
泣き声を殺そうと歯を食いしばり、それでも隙間から漏れ出る叫びが、ズキズキとまた洸自身の心を痛めつける。
風も冷たくなってきた季節の中、冷めない熱で覆われた洸の涙が止まるまでに、すっかり空は夜の帳を下ろしていた。
今日も例外なく、ぽつりぽつりと会話を交わしながら、通学路を歩いていた。
「あ、ねぇ、ちょっと公園よっていかない?」
西日公園に差し掛かった頃、洸は、人の気のない公園内の、ブランコを指差す。
「ええ。別にいいわよ」
咲夜も、すんなりとその意見に同意して、迷いなくブランコに腰を下ろす。
「あ! ちょっと、待っててね! 」
洸は、咲夜が腰を落ち着かせたのを見計らったかのように、ベンチ脇に設置された自動販売機の明かりを目掛けて、駆け足をする。
十数秒後、取り出し口から、二本の缶を取り出した洸は、再び駆け足で、咲夜の待つブランコへと戻ってくる。
「はいこれ!」
「え? あぁ。うん。ありがとう。いくらだった? 」
「僕が勝手に買ってきたんだよ。お金なんて取るはずないでしょ?」
洸は、片手に携えた温かいミルクティーを咲夜に手渡し、隣のブランコに腰を下ろす。
そうして、自分ように買って来た、ブラックコーヒーのタブを開いて、ゆっくりと缶を傾けた。
「いつの間にか、ブラックコーヒーを飲むようになったわよね。昔は、砂糖とミルクが大量にないと、飲めなかったのにね」
咲夜は、両手でミルクティーを包みながら、ちびちびと口に運ぶ。
「そうだね。不思議と、この味、この苦味じゃないと、満足出来ないようになったというか、勿論、カフェオレも好きだけど、大人になったって事なのかな? なんてね」
洸は、半分ほどブラックコーヒーを飲み干すと、完全な夜になる前の空を見上げて一息をつく。
「何か、疲れたサラリーマンみたいね」
「そう? そんなに老けて見える? 」
「老けてるというか、新社会人って感じよね。でも、洸は、気苦労をしそうよね」
「ちょっと、今から不安になるようなこと、言わないでよね」
「あら、一応褒め言葉よ。優しいから、気を配ってしまうだろうなっていう。でも、ちょっと見てみたかったかも、社会の波に飲まれた洸」
「そんなの見たって嬉しくないでしょ?」
洸は、小さく声を上げて笑う。
「ほらね。優しい」
「ん?」
咲夜は、細く白い指で右耳に髪をかける。
「洸はさ。ずっと、言わないで来てくれたよね。最後まで」
「何の話?」
「私はきっと、近い将来、必ず死ぬ。それが来年か再来年か、明日か、来月か。分からないけど、長くは生きられない。まぁ、ここまでっていう目安を超えたわけだから、もう充分なほど生きているのだけれど」
咲夜は、苦々しげに微笑みながら、缶の中の漆黒を見つめる。
「そう、かもしれない。でもね、僕には、咲夜の苦しみは、どうしたって分からない。だから、僕に出来ることはひとつだと思うんだ。少しでも、咲夜のその不安が、心に落ちた影が癒せるのなら、何だってする。ただ、それだけ。ううん。それ以上にしてやるって、そう思ってる」
公園内に灯された外灯に照らされた洸の顔には、代わり映えのない、無垢で纏った笑顔が浮かび上がっている。
「そういうところよ。そういうところが、優しいって言ってるのよ。でも、だからこそ………」
咲夜はそこで言葉をすぼめると、ゆらゆらと立ち上がる。そして、まだブランコに揺られた洸に振り返り、いつかの様に、満面の笑みを咲かせた。
「ミルクティーありがとう! じゃあ、私は先に帰るね!」
そんないつもの凛として、大人びた口調とは違う、爽やかな口調でそう言い残し、軽やかに公園を後にする。
そして、公園の出入り口に差し掛かった頃、小さくこう呟いた。
「だからこそ……死ぬのが怖いんだよ……」
無論、その悲痛は、離れた場所にいる洸には届く事がなかった。
一方、公園に残された洸は、突然の出来事に呆けながら、消えゆく後ろ姿をじっと眺めていた。
脳内には、咲夜の見せた笑みが、華麗な額縁に収められているようなフィルターがかかり、きらびやかに残っていた。
そして、咲夜の後ろ姿を完全に見送った後、洸の右手から、少し残った缶コーヒーが滑り落ちていく。
それと同時に、両手で髪をかき上げるようにして、前屈みになる洸。
その瞳からは止めどなく光るものが流れ落ちていく。
「本当は。本当は。僕だって、僕だって………」
掠れた声と、瞼が重くなる程の洪水が、洸の時間を痛みと共に染めていく。
泣き声を殺そうと歯を食いしばり、それでも隙間から漏れ出る叫びが、ズキズキとまた洸自身の心を痛めつける。
風も冷たくなってきた季節の中、冷めない熱で覆われた洸の涙が止まるまでに、すっかり空は夜の帳を下ろしていた。