ーーーー 授業の終わりが1日の終わりではない。これから、学問に励むもの、部活動で汗を流すもの、趣味に時間を費やすもの、友との情を育むもの。

それぞれの色で染められた放課後を、人は総じて青い春と称する。

帰宅部である洸や尚人にとっても、解放されたその放課後は、凝り固まった頭脳を癒すオアシスだった。

そう。これまでは。

「あ、えっと。一柳、漆原、栗生、あっと~それから、葉月。ちょっとこの後、用事があるから、三階の、空き教室まで来るように~。ダルいから、手間かけさせんなよ~」

「はぁ!ちょっと!千香(ちか)ちゃん! 俺の大事な時間を、奪おうっていうのかい? 」

「漆原。手間かけさせんなって、言ったよな?」

尚人の抗議に、気だるそうに無造作な、ミディアムヘアーを搔きむしりながら、少しつり上がった目を細めて、鋭く尚人を睨む担任の、真鍋(まなべ)千香。

「あ、はい。すいません。調子に乗りました」

そんな静かな圧に屈した尚人は、体を縮めて、頭を三回、小刻みに上げ下げする。

千香はその謝罪を受け取ると、のそのそと足を引きずるようにして、教室を後にした。

「なんというか、珍しい組み合わせだよね?」

自然と教卓に集った、尚人と神影を交互に見やる洸。

「そうね。私や洸くん。それから、咲耶さんには、呼び出しされる理由は浮かばないけど」

「何だよそれ? まるで、俺にはその理由があるみたいな言い方だな」

「だから、そういってるじゃないの」

「あのな、俺は聖人君子なのよ。俺にだって、そんな謂れは無いわけ」

「どの口が言ってるんだか」

再び口論が繰り広げられそうな雰囲気を察した洸が、そこへ口を挟む。

「そんな事より、まずは行かないと! 千香先生に、手間かけるなって、釘を刺されたわけだし! ね! 咲耶も行こう!…………って、あれ? 」

洸は咲耶の居るはずの窓際の席に振り向く。しかし、既にそこには咲耶の姿はなかった。

「あれ? いつの間に? まさかと思うけど、逃げたのか? 」

「尚人じゃないんだから、そんなこと無いと言いたいけど、ちょっとだけあり得るかも」

「幼馴染の洸くんが言うなら、信憑性はあるわね。どうする? 探してみる? 」

「いや、僕たちはとりあえず、空き教室に行ってみよう。居なかったら居なかったらで、探しに行けばいいし。きっと居ないとしたら、下校しただけだと思うから、そんな遠くに行かないうちに、呼び止められるよ」

「冷静なご意見ありがとさん。んじゃあ、行ってみますか」

そうして三人は、一抹の不安を抱えながらも、足早に空き教室へと向かい、歩みを進めていった。

コンコンと二つノックの音が、扉を境に、空き教室と廊下に鳴り響く。

「入ってこ~い」

千香の気の抜けた返事を合図に、神影が引き戸をスライドさせる。

「遅かったなぁ~。葉月はとっくに来てるぞ」

三人は敷居を跨ぐことなく、今まさに眼前で広がる光景に面を食らって立ち尽くす。

「おいおい。何突っ立ってんだ? 遅れて来といて、随分と優雅じゃねぇか? 」

「あ、いえ。何でもありません。失礼します」

少しイラついた千香の声色に、我に返った一同は、間髪いれずに、空き教室に入室すると、窓際に陣取る咲耶の隣に、洸、尚人、神影の順に腰掛ける。

正面に深く腰をかけ、足を組み、さながら教師ではないような態度を貫く千香は、横並びの4人を、眠たそうな眼で見渡す。

「お前ら、学校、楽しいか? 」

突然切り出されたその問いに、意に介さず、窓の外に視線を落とす咲耶以外の3人は顔を見合わせる。

「ちょ、ちょっと待って下さい。それって、私達が、楽しそうに見えないと? そういう事ですよね? それ即ち。友達もいなければ、部活にも所属していない。勉強は、一人を除けばそこそこ出来ますが、ただ、作業的に学校に来て、楽しいか? そういう事ですか? 」

少し暴走気味に、他2人の心情を代弁する神影。

「いや。別に。そこまで言ってないけど。なんだ? そんな心当たりがあるのか? 」

「無いです!」

強めに間髪いれずに否定する神影。

「あの~、どさくさに紛れて、頭の弱さを、馬鹿にされたような気がするんだけど~? 」

「なんだ? 漆原? 自覚がないのか? 」

「無いです!」

「あんたはあるでしょ!!」

神影を真似た反論に、鋭く突っ込みを入れる神影。

「まぁ、栗生が言った事は、1部当たりみたいな所はあるがな」

「1部? ですか? 」と洸が問う。

「あぁ。お前ら、部活をやってない事は、間違えじゃないだろ? 」

「はい」と咲耶以外の3人の声が重なる。

「そこでだな。毎年、代表して1人、秋に行われる、青春の叫びと書いて、ブルーパトスコンテスト、通称、ブルパトに出場する決まりがあってな。今年の代表がまだ決まってないんだ。ここまでいえば、もう分かるだろ? 」

「なんだよその、ラノベみたいなタイトル付けしたコンテスト。初めて存在を知ったぞ? 」

その尚人の言葉に、同意するように頷く他2人。

「まぁな。そんなに注目されてはいないからな。ただ、高校生が、思いの丈を主張する。ただ、それだけのコンテストだ。別に大きなスキルはいらない。どうせ暇だろ? だったら出場しろ」

断わる空気を作らない千香の言葉の強みに、臆することない神影が言葉を返す。

「でも、それって、1人でいいんですよね? この中から1人で」

「あぁ。そうだな。でもな。校長の命でな、特設の部活として、全員に参加して欲しいらしいんだよ。無論、コンテストには1人のみ出場だ。まず、4人で原稿を書いて、代表を決める。そんで、残ったものは、コンテストの補助にまわる。これで、輝かしい部活動で、文字通り、青春の汗を流せる。とのことだ」

気だるくパチパチと手を打ち合わせる千香。

「え? 今更、部活? それって、もちろん拒否権は………」

「ないぞ。強制だ。悪いな」

尚人の言葉を遮るように、きっぱりといい放った千香。

「はい。この話は終わり。じゃあ、そういうことで宜しく」

「え!? ちょっと、先生!」

千香はそれだけ残し教室を去ろうとする。神影がそれを慌てて呼び止めるも、重く手を振りながら、歩みを止めることのない千香は、そのまま教室から去っていってしまった。