ーーー言の葉部、部室。四人が到着すると、窓の縁に腰をかけて、ブラックの缶コーヒーを傾ける千香の姿があった。
「ん? 思ったより、早かったな」
千香は、腕時計に一瞬、視線を落とす。
「おはようございます! 色々とご迷惑おかけします!」
洸が率先して、千香に挨拶を済ませると、各々が、軽い挨拶をしてから、定位置についた。
「それで? 合宿って、基本何するつもりなんだ? 」
休日出勤となった千香は、すっかり夏休みの日程に、体内時計を合わせていたため、いつにもまして気怠そうだ。
「はい。基本は、いつもと変わりません。ただ、ずっと、原稿とにらめっことはいかないので、図書室に行ったり、ゲー、レクリエーションをしたりする予定です」
「ゲームって言おうとしたろ? まぁ、別に、変なことしなければ、何やってもいいけどよ、俺に、尻拭いさせるような事にだけはするなよ。それ以外なら、今日はもう貸し切りだし、片付けをちゃんとするなら、調理室も使っていいし、とにかく俺は、茶道部の部室で寝てるから、ほんと〜に、用事がある時以外、起こさないように。いいな?」
有無を言わさず、一方的に要件を言い終えると、千香は、のらのらと部室を後にする。
「あはは。相変わらずだね、先生」
一般的なイメージの教師と、千香を重ねて、そのギャップに乾いた笑いを披露する洸。
「大事なのは、そこじゃないだろ? 貸し切りっていったよな?」
目新しい玩具を見つけた子供のように、顔いっぱいに好奇心を顕にする尚人。
「そうよね。なんか、不思議な感覚だよね。いつもは、多数の人がいるはずの場所が、無人と化しているって、何だか凄くドキドキするというか」
尚人に続いて神影までも、今の状況に、非日常感のある期待をしている。
「とはいえ。名ばかりの合宿になってはいけないから、最低限の時間は、設定させてもらうからね」
そんな二人とは一転、一歩引いた所から、現実を分析する洸。
「おうおう。堅実な部長さんらしく、なってきたじゃないか」
尚人は少し皮肉を込めて、洸を煽るようにそう言い放つが、洸は気にも止めることは無かった。
「よし、じゃあ。もう十時になるし、午前中は一時間を目安に、ちゃんと、作業に励むように!」
「へ〜い」と気怠そうに返事をしたのは尚人ただ一人。
他二名は、それを受けて、黙々と作業を開始させていた。
その様子にも少し不服そうな尚人は、右手に携えたシャーペンを、くるりと一回転させた。
ーーー ほぼほぼ、話し声もなく、ペンを走らせる音もなく、ため息だけが形となり、過ぎていく時間の中、ずっと我慢をしていた尚人は、いよいよ限界に到る。
「だぁぁあ!!」
髪を無造作に乱れさせるように、両手で頭をかかえた尚人の声に、隣の神影は、ビクリと肩を弾ませる。
「ばっか!! うるさい!!」
「いやいや、だってよ、合宿だよ? 合宿! これじゃ、いつもと変わらないだろうが!」
「あんたね。合宿ってのは、強化するための時間よ。野球部なら、野球の練習。吹奏楽部なら、吹奏楽の練習。つまり、そういうこと」
「いやいや、違う違う。合宿ってのはな………」
神影の言葉に怯むことなく、尚人はひとつ咳払いをして、饒舌に話し始める。
「簡潔に言えば、日常にある、非日常を楽しむイベントだ! 正に、それを満喫できる、絶好のステージが用意されてるんだぜ! 普段とは違う、自由に使える、この校舎、いや、屋上、校庭も含めて、敷地の全部。ここで、織り成すは、青色にも染まる楽園。一度きりの夏。甘酸っぱい夏。心踊る華々しい日だ! それなのに、なんだよ、このていたらくは? そもそも、一番、ワキワキとしていた、洸が、なんでそんな、堅苦しいんだよ?」
言いたいことを全て出し切ったおかげで、カラカラに乾いた喉に、麦茶を流し込む尚人。
「え? 勿論、今もワクワクしているよ? だって、絶賛、合宿中でしょ? 」
「いやいやいやいや! こんなの名ばかりの合宿だろ? って言いたい訳」
「名ばかり?」
「おい。洸。俺の話、聞いてた? 」
「うん。合宿を楽しもうって事でしょ?」
「え? まぁ、要略するとそうなんだけど、何か腑に落ちないな」
洸のあっけらかんとした印象に、熱が冷めたかのように、ため息をつく尚人。
「まぁ、そんなに言うなら、ちょっと早いけど、ご飯でも作ろうか」
洸は、目の前の資料と原稿をまとめはじめる。
「おお! 待ってた! そういうのを待ってた!!」
移りゆく季節のように、コロコロと表情を変える尚人は、端から見れば、とても分かりやすい人間性と捉えられるであろう。
「じゃあ、調理室へ行こうか!」
そんな尚人に乗せられた洸もまた、一段階、気持ちを昂ぶらせる。
そんな男子二人の熱に、まだ影響されていない神影は、やれやれと肩をすくめ、同じように冷めたような表情の咲耶と共に、二人の後に続いていく。
「ん? 思ったより、早かったな」
千香は、腕時計に一瞬、視線を落とす。
「おはようございます! 色々とご迷惑おかけします!」
洸が率先して、千香に挨拶を済ませると、各々が、軽い挨拶をしてから、定位置についた。
「それで? 合宿って、基本何するつもりなんだ? 」
休日出勤となった千香は、すっかり夏休みの日程に、体内時計を合わせていたため、いつにもまして気怠そうだ。
「はい。基本は、いつもと変わりません。ただ、ずっと、原稿とにらめっことはいかないので、図書室に行ったり、ゲー、レクリエーションをしたりする予定です」
「ゲームって言おうとしたろ? まぁ、別に、変なことしなければ、何やってもいいけどよ、俺に、尻拭いさせるような事にだけはするなよ。それ以外なら、今日はもう貸し切りだし、片付けをちゃんとするなら、調理室も使っていいし、とにかく俺は、茶道部の部室で寝てるから、ほんと〜に、用事がある時以外、起こさないように。いいな?」
有無を言わさず、一方的に要件を言い終えると、千香は、のらのらと部室を後にする。
「あはは。相変わらずだね、先生」
一般的なイメージの教師と、千香を重ねて、そのギャップに乾いた笑いを披露する洸。
「大事なのは、そこじゃないだろ? 貸し切りっていったよな?」
目新しい玩具を見つけた子供のように、顔いっぱいに好奇心を顕にする尚人。
「そうよね。なんか、不思議な感覚だよね。いつもは、多数の人がいるはずの場所が、無人と化しているって、何だか凄くドキドキするというか」
尚人に続いて神影までも、今の状況に、非日常感のある期待をしている。
「とはいえ。名ばかりの合宿になってはいけないから、最低限の時間は、設定させてもらうからね」
そんな二人とは一転、一歩引いた所から、現実を分析する洸。
「おうおう。堅実な部長さんらしく、なってきたじゃないか」
尚人は少し皮肉を込めて、洸を煽るようにそう言い放つが、洸は気にも止めることは無かった。
「よし、じゃあ。もう十時になるし、午前中は一時間を目安に、ちゃんと、作業に励むように!」
「へ〜い」と気怠そうに返事をしたのは尚人ただ一人。
他二名は、それを受けて、黙々と作業を開始させていた。
その様子にも少し不服そうな尚人は、右手に携えたシャーペンを、くるりと一回転させた。
ーーー ほぼほぼ、話し声もなく、ペンを走らせる音もなく、ため息だけが形となり、過ぎていく時間の中、ずっと我慢をしていた尚人は、いよいよ限界に到る。
「だぁぁあ!!」
髪を無造作に乱れさせるように、両手で頭をかかえた尚人の声に、隣の神影は、ビクリと肩を弾ませる。
「ばっか!! うるさい!!」
「いやいや、だってよ、合宿だよ? 合宿! これじゃ、いつもと変わらないだろうが!」
「あんたね。合宿ってのは、強化するための時間よ。野球部なら、野球の練習。吹奏楽部なら、吹奏楽の練習。つまり、そういうこと」
「いやいや、違う違う。合宿ってのはな………」
神影の言葉に怯むことなく、尚人はひとつ咳払いをして、饒舌に話し始める。
「簡潔に言えば、日常にある、非日常を楽しむイベントだ! 正に、それを満喫できる、絶好のステージが用意されてるんだぜ! 普段とは違う、自由に使える、この校舎、いや、屋上、校庭も含めて、敷地の全部。ここで、織り成すは、青色にも染まる楽園。一度きりの夏。甘酸っぱい夏。心踊る華々しい日だ! それなのに、なんだよ、このていたらくは? そもそも、一番、ワキワキとしていた、洸が、なんでそんな、堅苦しいんだよ?」
言いたいことを全て出し切ったおかげで、カラカラに乾いた喉に、麦茶を流し込む尚人。
「え? 勿論、今もワクワクしているよ? だって、絶賛、合宿中でしょ? 」
「いやいやいやいや! こんなの名ばかりの合宿だろ? って言いたい訳」
「名ばかり?」
「おい。洸。俺の話、聞いてた? 」
「うん。合宿を楽しもうって事でしょ?」
「え? まぁ、要略するとそうなんだけど、何か腑に落ちないな」
洸のあっけらかんとした印象に、熱が冷めたかのように、ため息をつく尚人。
「まぁ、そんなに言うなら、ちょっと早いけど、ご飯でも作ろうか」
洸は、目の前の資料と原稿をまとめはじめる。
「おお! 待ってた! そういうのを待ってた!!」
移りゆく季節のように、コロコロと表情を変える尚人は、端から見れば、とても分かりやすい人間性と捉えられるであろう。
「じゃあ、調理室へ行こうか!」
そんな尚人に乗せられた洸もまた、一段階、気持ちを昂ぶらせる。
そんな男子二人の熱に、まだ影響されていない神影は、やれやれと肩をすくめ、同じように冷めたような表情の咲耶と共に、二人の後に続いていく。