ーーー 8月の始まり。その字面だけで、蒸し暑くなってしまいそうな季節。それでも、風鈴の音色や、蝉の鳴き声が風情を演出する、侘び寂びな季節でもある。

夏という魔法で、浮足立つ人々が交差する駅前にて、洸、咲耶、尚人の3人は、遅刻の「ち」の文字すら似合わない、神影の到着を待っていた。

「30分かぁ。電話にもでないし、メッセージも既読にならねぇな」

尚人は、何度もスマホの液晶を確認するも、神影から返答がない。

「念のために、家電してみようか? 何か問題があって、スマホが手元にないのかもしれないし」

そんな状況でも、至って冷静な洸は、事前に聞いていた固定電話のベルを鳴らす。

「はい。栗生です」

スマートフォンのスピーカー越しに聞こえた、その落ち着きのある女性の声は、神影の母のものだった。

「あ、朝早くから申し訳ありません。私は、クラスメイトで、部活動も一緒の、一柳というものなんですが」

「部活? 」

神影の母の声は一転、突き放したかのように、冷たく、語感が強いものに変わる。

「なるほどね。申し訳ないけれど、神影は、今日の合宿には参加させません」

「え? え? どういう事ですか?」

「どうもこうも、そういうことですから。それでは」

「え! ちょ、待って………」

洸の言葉は、ガチャという受話器を置く音に断絶され、後には無機質な機械音だけが残る。

「おいおい! どうしたんだよ!」

只事ではなさそうな雰囲気を察した尚人が、洸に詰め寄る。

「いや、良く分からない。良く分からないんだけど、神影は、今日は参加しないって」

「はぁ? なんだよそれ!? 神影がそういったのか?」

「ううん。神影のお母さんが。今日は、参加させないって」

「はぁ?」

余りにも突然の出来事に、言葉を無くす尚人。

「ふ〜ん。そう。参加させない。ね」

咲耶は、含むようにそっと言葉を置く。

「うん。多分僕も、咲耶と同じ事考えてる」

「え? なななんだよ! それ? 」

置いてけぼりな尚人は、眉間を狭める。

「つまりこういう事だよ。神影のお母さんの言い方だと、神影の意志じゃなく、お母さんの意志で、今回の合宿を拒んでいる。参加させないって、お母さんがはっきり言い切ったんだ。参加できないとか、参加しないじゃなくてね」

洸の冷静ながらも、憤るような説明に尚人は感化されられる。

「行こうぜ! あいつの家。そんで、お母さんと話してみようぜ」

「それは迷惑にならない?」

しかし、意気揚々と駅の方へと踵を返した尚人を、咲耶が制する。

「迷惑? 何がだよ?」

「人様の家のことに口を出す事よ。家庭には家庭の事情がある。例えそれで、神影さんが、窮屈な思いをしていたとしても、私達に何が出来るの?」

「だけどよ!!」

冷静に言葉を並べる咲耶に、思わず強く言い返す尚人。

「ちょっと待って。ここで、言い争っていても、何も生まれないんじゃないかな? 咲耶。ごめんね。僕も、神影の家に行きたいと思う。でもね、それは、お母さんを説得するためじゃない。本人の言葉で、本人の意思を聞くためだよ」

「それでもし本人の意思ならば、潔く諦めるという事ね。でも、その逆だったらどうするの? 」

「そんなの、咲耶にだって、分かりきってる事でしょ?」

洸は、現在置かれた状況に似つかわしいない、無邪気な笑みを浮かべて見せる。

「はぁ。本当にお人好しよね。昔からあなたは」

そう、力を抜くようにため息をついた咲耶もまた、小さく笑顔を溢して見せる。

「よし! じゃあ、合宿最初のイベントと行こうよ!」

そう張り切り駅へと向かう洸、その後を追う咲耶。

「いや、最初にそう言ったの、俺なんだけど………」

そんな小さな異議はその場に置いて、尚人もまた一歩遅れで後をついて歩いていく。